四十五話 夢の中




「誓約ですか……」


 ジョーンズの戸惑う声がする。


「兄上、わたしを怒らせたいのね。何が愛する家族よ。魂胆が見えてきたわ」


 立ち上がり、兄を指さす。指さす方向は全く別だったが。澄ました顔で、ノアは笑った。


「いいのかな。僕に刃向かうとどうなるか、分かっているだろう」


 タンジーの眉がピクリとする。ジョーンズは二人の間に入った。


「結婚の誓いをします」

「ああ……、お願い、駄目よ」


 タンジーが悲痛な声で言った。


「そんなに僕が嫌いかい?」


 その逆よ……と小さく答えた。


「……じゃあ、僕を好きなのか?」

「いいえっ。やっぱり嫌いです」


 タンジーの言葉がつれない。


「ま、いいか」


 ノアがそばで呟いた。


「結婚の誓いを」


 ノアの言葉が重く感じられる。ジョーンズは頷いた。


「タンジー、手を貸して」

「いや」

「タンジー」


 彼女は逃げ出そうとしたが、目が見えないので、どこへ逃げていいのかも分からなかった。ジョーンズにためらいはなかった。口を開こうとすると、


「待って」


 と、タンジーが言った。


「何?」

「アニスに……、きちんと、アニスに結婚の事をきちんと伝えてからにして。でなければ、わたしはあなたとは結婚できない」

「アニスには明日の朝、伝える」

「明日の朝では遅いかもしれない」


 ノアが唸った。ジョーンズは首を振った。


「今夜は無理だ。彼女はすでに眠っている」

「仕方ないな……」


 ノアは歯がゆそうだった。


「僕は必ず誓います」

「信じているよ」


 ノアが握手を求めてきた。ジョーンズはしっかりとその手を握りしめた。


「では、全てを話してくれますね」


 タンジーは不安でいっぱいだった。

 大変なことになってしまった。ジョーンズの運命を変えてしまったのだ。わたしがいるから、迷惑をかけしまっている。


「タンジー、大丈夫だよ。心配しないで」


 ジョーンズが手を握ってくる。タンジーは顔を上げられないでいた。


「味方ができて僕も安心している。本当はタンジーの魔法で逃げられないようにしたいところだが、ジョーンズ、君を信用するよ」


 兄は本気だ。

 兄の口から何を語られるのだろう。もし、ジョーンズを死に追いやるようなことがあったら、わたしも後を追おう、とタンジーは思った。

 ノアが大きく息をつくと、話し始めた。


「妹にも黙っていたが、僕は、時々見る悪夢に悩んでいた。僕の魔力は極端に少なく、妹のようにうまくはできない。だから、悪夢の真実を見抜けず、誰にも言わなかった。それからだ。僕とタンジーは襲われたのだ」

「誰にですか?」

「誰、というべきか。タンジーが白い魔女であるなら、敵は、闇を支配する力を持つ者たちと言えば、分かりやすいだろうか。悪夢は断片的で、冥界の王、ティートゥリーがテラへの扉を開けて、我々の世界へ侵入してくる。そして、世界は滅びるというものだ」

「冥界……?」

「その扉の鍵が僕だ」

「あなたが……ですか?」


 ジョーンズが驚いている。タンジーも言葉を失っていた。


「兄上……、いきなり何を言っているの?」

「黙っていてごめんね、タンジー」


 軽く言っているが、そんな軽い話ではないのだ。突拍子もない話が出てきて混乱する。


 兄が冥界とテラを繋ぐ扉の鍵? では、グリモワールに書かれていた「連なる時空の門を開く」幻の鍵はノアのことなのか。


 呆然としながら、タンジーは不安になった。

 ジョーンズは信じただろうか、この話を。

 もう一度、ジョーンズの顔を見たい。彼はどんな顔をしているのか。


 タンジーは、兄が幻の鍵である事も衝撃だったが、今後、ジョーンズの顔を見られない事がどれくらい悲しいことか、今、実感した。

 ミモザから、瞳を返してもらえなければ、自分の目は何も見ることはできないのだ。

 二人の話は続いている。


「タンジーには精霊がいるのだが、彼が僕を逃すために鍵に変えて、妹に飲み込ませた」

「だから、タンジーが鍵を持っていたのですね」


 ジョーンズの手がそっと伸びて、タンジーの手を握りしめた。力強くて抵抗しても解けなかった。


「では、その鍵は僕が飲みましょう」

「「え?」」


 ノアとタンジーが同時に声を出した。

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