四十四話 兄の魂胆




 なぜ、こんなことになってしまったのだろう。


 タンジーは、兄に返事をしながら思った。


 ジョーンズにキスをされた。

 なぜ、彼はキスをしたの? でも、ちっとも嬉しくなかった。顔も見えないし、何が起きたのかも分からなかった。

 初めてだったのに、わけが分からないうちに奪われた。


 同情しているのだろうか。

 傷ついた姿を見て、情けをかけたのかもしれない。そう思うと、やりきれなかった。同情されるのが、一番嫌だった。


 悲しみが胸いっぱいに広がる。こんな気持ちは初めてだ。もう、ジョーンズを追いかけるのはやめる。きっぱりあきらめると決めたのに、彼はなぜか、自分を助けたいと言ってきた。


 タンジーはお腹に手を当てた。

 兄が出してほしいというのなら、その通りにしよう。

 鍵のありかを確認して、実体化させる。見えないが感じられる。

 手のひらに冷たい金属を感じる。


「それは……どこから出てきたんだ」


 ジョーンズの驚いた声がする。


「静かに……」


 タンジーは集中して、鍵の結界を解くと、兄が姿を現した(はずだ)。タンジーには見えていない。


「タンジー」


 名を呼ばれ、肩を抱き寄せられる。すぐそばでノアの声がして、タンジーは安堵のあまり、泣きそうになる。


「どうしてこんな姿に」

「ミモザに……、目を奪われたの」


 声が震えた。ノアがぐっと肩に力を入れた。


「ミモザが裏切ったのか」

「というよりは、操られているみたい」

「僕のせいだ」


 ノアが沈んだ声を出した。


「……話が見えないんだが」


 ジョーンズが横から不快な声で言った。


「君がジョーンズだね。初めまして、僕は……タンジーの兄でノアという」

「あなたがタンジーの兄上? 似ていませんね」

「血がつながっていないからかな」

「ノア」


 タンジーがたしなめた。


「妹はこの通り傷ついている。できればもう解放してほしい。それとも、君が守ってくれるというのなら、真実を話してもいいが」


 タンジーはぎょっとして目を見開いた。


「兄上、何を言い出すの? ジョーンズには迷惑をかけるつもりはないのよ」

「お前は黙っていなさい」


 タンジーは首を振った。まさか、話をややこしくするんじゃないでしょうね、と心で毒づく。


「僕は、ずっとタンジーと旅を続けて来ました。彼女にはたくさん助けてもらったのに、冷たく接したことを今は後悔しています。これからは、彼女を守りたい」


 ジョーンズの言葉にタンジーは口を挟もうとした。しかし、兄に遮られる。


「命をかけても守ると誓うか」

「ええ」

「兄上っ」

「お前は黙っているんだよ」


 ノアが諭すように言った。


「でも……」

「アニスはどうなる? 結婚するんだろ」


 ジョーンズは言葉を失ったように思えた。


「迷っています……」

「迷う?」

「アニスは……」


 ジョーンズの声が低くなった。


「アニスについて僕は何も知らない。彼女をもっと知りたいと思っていたのに、やっと会えた彼女は思っていたような女性ではなかった」

「だが、結婚するんだよね」

「婚約しました。彼女を連れて城へ帰ると」

「兄上、もうやめて、ジョーンズを困らせないで」


 これ以上、話を聞きたくない。ジョーンズは、アニスを選んだのだ。今さら、やめますなどと言うはずがない。


「少し、時間を頂けないでしょうか。彼女との結婚は先へ延ばします」

「それでは困る。妹か、アニスかどちらか選んで欲しい」

「兄上っ」


 タンジーが怒った。


「いい加減にして、ジョーンズが困っているでしょう」

「タンジーを選びます」

「え?」

「僕は、タンジーと結婚します」


 タンジーは茫然として声のする方を見た。


「そんな……、ダメよ。どうしてなの? ジョーンズ、そんなことを言ってはいけないわ」

「どうして?」


 ジョーンズの優しい声がする。


「あなたはわたしを愛してなどいないのに、アニスはどうなるの? アニスがかわいそうよ」

「さっきと真逆のことを言っている」


 ジョーンズがくすっと笑った。


「兄上、わたしは望んでいないのに、どうして、邪魔をするの?」

「妹の幸せを一番に願うのが、家族だよ」


 ノアの言葉にタンジーは胸を打たれた。しかし、どうしても受け入れられない。


「わたしは結婚しません。愛のない結婚は嫌だから」

「ミスター……」


 ジョーンズがノアに話しかけた。


「僕のことは、ノアでいいよ」

「ノア。あなたに誓います。僕はタンジーと結婚します。アニスとの結婚は破棄します」

「よかった」


 ノアがうれしそうに言った。タンジーは絶望に顔を覆った。


「ダメよ……」


 タンジーは言ってから、胸の前で手を組んで祈るような形でジョーンズを見た。


「ジョーンズ、今すぐ撤回して、お願いよ」

「タンジー」


 ジョーンズがそっと手を握った。


「心配しないで」

「誓約をしてもらいたい」


 ノアの声がした。タンジーは体が震えた。顔を押さえて首を振る。

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