四十三話 警告
タンジーが自分のお腹に向かって話しかけている。ジョーンズは目を見張った。
ここにいちゃいけない。すぐに出て行かなければ彼女のプライバシーを汚すことになる。自分に警告したのに動けなかった。
「大変なことになりつつあるみたいよ。ねえ、なぜ何も答えないの?」
ジョーンズはたまらなくなって声を出した。
「それは僕がいるからだろう」
タンジーがぎょっとした顔でこちらを見た。
「まだ、いたの?」
ひどい言い草だ。しかし、自分が言わせているのだ。
「最低ね、何も見えないと思って、恥ずかしいと思わないの」
あまりにひどい言われようで、ジョーンズもムッとした。
「部屋を出ようとしたら、君が誰かの名前を呼んだんだ。振り向いたら、お腹に話しかけていた。君はまだ、何かを隠しているだろう」
「あなたには関係ない」
タンジーは、ぷいと顔を背けた。それからすぐに唇を震わせ、ジョーンズの方を睨みつけた。
「許さないから、こんな侮辱を受けたのは初めてよ」
「メイドのわりに、プライドが高いんだな」
「今度はバカにするの? メイドだろうと魔女だろうとわたしは女性です。それよりも、未婚の女性といつまでも二人きりで部屋にいるのは好ましくないと思うわ。早く出て行って、叫ぶわよ」
先ほど自分がアニスに言った言葉と同じだ。ジョーンズは苦笑した。
「二人きりでいるところをみんなに見られたいのか?」
「ひきょう者っ」
「タンジー」
ジョーンズは、静かに彼女の名を呼んだ。タンジーがたじろいだ。
「触らないで……」
「落ち着いて、何もしない」
「だったら早く出て行って。一人にして」
手を上げて、ドア(は別の方向だったが)を指さす。ジョーンズはため息をついた。
「僕が嫌いなのか」
彼女は、僕を好きでついて来てくれたのではなかったか。なぜ、手のひらを返したみたいに、自分を突き放そうとするのだろう。
タンジーは、声を震わせると、自分の胸を押さえた。
「あなたこそ、わたしが目ざわりだったのでしょう。消えて欲しいとずっと願っていたじゃない」
「そんなこと言っていない」
「アニスが、他の女性と一緒にいるところを見たくないからって、さっき言ったじゃない。わたしは傷ついたのよ」
それを言われると、心が痛い。
実を言うと、アニスを見ても何も感じないのに、タンジーのそばにいたくてたまらないのだ。
タンジーは、ジョーンズに聞こえるように大きく息を吐いた。
「もう、いいわ。話が進まない。早く出て行って」
「タンジー」
「やめて」
タンジーは顔をそむけた。
ジョーンズは、タンジーの顎に指を当てて、こちらを仰がせた。
「ノアとは誰だい? 不用意な言葉で傷つけたこと、本当にすまないと思っている。でも、君を助けたいんだ」
「ここまで追いかけておいて、わがままだと分かっている。でも、もう、わたしはあなたを追いかけない。もう、あなたを好きでいるのをやめるっ」
好きでいるのをやめると言われて、ジョーンズは、一瞬、声が出なかった。
タンジーが、自分を拒否している。それがどんなにショックだったか、自分でも驚きだった。だが、ここで彼女とは別れてはいけない。自分に強く言い聞かせた。
「……好きじゃなくてもいい。ノアとは誰だ。そして、君が話してくれた銀の鍵の話も聞かせてくれ」
タンジーは口をつぐんだ。
「駄々をこねるな。もう一度、キスするぞ」
タンジーは口を開けて、声を震わせた。
「キ、キスをすればわたしが言うことを聞くとでも思っているの?」
「僕はこの手を離さない。君が全てを打ち明けるまで、決して離さない」
ジョーンズは、タンジーの細い腰を自分の方へ引き寄せた。
痩せすぎの体だったが、燃えるように熱い。いつまでも抱きしめていたい。
「ああ、ジョーンズ、どうして?」
タンジーは今にも泣きだしそうだった。
「わたしを振り回さないで……っ」
彼女が言い放つと、どこからか声がした。
――タンジー。タンジー。
男の声だ。ジョーンズはあたりを見渡した。
誰もいない。
タンジーが体を硬くさせた。
「この声は?」
ジョーンズが聞くと、タンジーが口を開いた。
「聞こえるのね?」
「聞こえる」
――タンジー、僕を元に戻すんだ。
「……分かったわ、兄上」
と、タンジーが答えた。
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