四十二話 拒絶

 


 ジョーンズは、ロイたちの呆れた視線を振り切り、タンジーの部屋へ向かった。

 ノックしようとしてためらった。

 寝ているかもしれないし、もう、話なんてしたくないと出てきたばかりなのに、今更、何しに来たのだ、と言われてしまいそうだった。

 引き戻そうかと思ったが、部屋の前で見張る、と宣言してしまった手前、彼女に一言謝りたいと思いなおした。


「タンジー?」


 部屋をノックしたが、返事がない。

 もう一度、ノックしてドアを開けた。そして、ジョーンズは驚いた。

 タンジーがベッドにいない。

 驚いて部屋に飛び込むと、窓枠にタンジーが座っていた。あまりに驚いて、ジョーンズは声を出せなかった。


 タンジーは空に向かって話しかけている。

 魔女である彼女は目が見えなくても何かを感じるのだろう。

 ジョーンズには何も見えなかったが、しばらくすると、夜空の流星群を眺めているのに気付いた。

 ふいに風が入り込み、風がゆるやかに髪を揺らして遊ぶように彼女を取り囲んだ。


 タンジーが歌っている。

 森で出会った少女のような、澄んだ歌声で――。


 ジョーンズは聞き入った。

 瞬間、タンジーの体がふわりとよろめいた。あっと思ったジョーンズは、駆け寄ってタンジーの肩を抱いた。


 タンジーがすっと顔を上げる。穏やかな表情のままで、ぼんやりと口が半開きだ。

 いつもの彼女らしくなく、隙だらけだった。思わず肩を抱き寄せた。タンジーの小さな体がもたれかかってくる。


「誰?」


 ジョーンズは声が出せなかった。魔法にかかったみたいに、タンジーから目を逸らせない。真っ白の包帯に包まれた顔は清らかで美しい。


「ロイなの? わたしは大丈夫よ。ちょっと外の空気が吸いたかったの」

「……ロイじゃないよ」


 ジョーンズが言うと、タンジーがびっくりして体を離した。

 ロイならそばにいても文句は言わないのか、と少しムッとした。離れようとする体を強引に抱きしめる。


「何をしているの?」


 タンジーが不安な声で言った。全身で拒否している。


「さっきのことを謝りに来た。君こそ、何をしているんだ」


 タンジーは顔をそむけ、唇を噛みしめた。


「ああ、そうだったわね、あなたには何か不思議な力があったのを忘れていたわ」

「なんの事だ?」


 ジョーンズは眉をひそめた。タンジーは口をつぐみ、首を振った。


「独り言。もう、離して」

「嫌だと言ったら?」


 タンジーがぎょっとした様子で顔を上げる。赤い唇に吸い寄せられるようにキスをすると、パシンと肩を叩かれた。


「何をするのっ。やめてっ」


 タンジーが腕の中で暴れた。骨ばった体に色気などないのに、なぜか離れられない。ベッドに下ろすと、タンジーが後ずさりした。


「何をしているの?」

「何もしない」


 ジョーンズは意地悪な気持ちになっていた。タンジーに手を伸ばすと、見えていないはずなのに、おびえたようにベッドの端へと移動する。ジョーンズは深呼吸をした。


「脅かして悪かった。本当に何もしない。さっきのことを謝りに来た。僕は君を傷つけた。すまなかった」


 タンジーの顔が硬直する。


「……いい。怒っていないから」

「本当かい?」

「ええ」

「だったら、仲直りしよう。手を握ってもいいだろうか」


 タンジーはためらった後、頷いた。優しく握り占めたが、タンジーは緊張したままだった。


「ジョーンズ」


 タンジーが小さく呟いた。

 彼女の声は初めて会った時とは違う、柔らかで甘い響きを持っていた。


「なんだい?」


 ジョーンズはできるだけ優しくしようと思った。


「少し、疲れたみたい。休みたいの」

「あ、ああ」


 タンジーが拒絶している。ジョーンズは、言葉に詰まって手を離した。


「心配してくれてありがとう」


 タンジーはよそよそしく言って、手を自分の膝に乗せた。ジョーンズは胸騒ぎがして、彼女の顔を覗き込んだ。


「どこにも行かないね」

「え?」

「なんだか、さよならを言われているみたいだ」


 タンジーの表情は全く変わらなかった。


「どういうこと? 目が見えないから、わたしはどこにも行けないわ」


 ジョーンズは先ほど言った事を後悔していた。

 これ以上、話をするのはやめておこう、などと冷たく言い切ったのだ。


「もう、一緒に行きたいと言わないのか?」

「さっきは、恥ずかしいことを言ってごめんなさい」

「やけにしおらしいね」


 髪くらい触ってもいいだろう。

 タンジーの黒髪に触れると、彼女はびくっとしたが、にこりともしなかった。


「おやすみなさい、ジョーンズ」


 触らないで、と言われた気がした。ジョーンズは、そっと手を離した。


「おやすみ、タンジー」


 立ち上がったが、当然、タンジーは自分の方を見もしないで、外を眺めていた。彼女から離れて出て行こうとしたができなかった。ベッドに座っているタンジーの姿をもう一度、振り返った。


 彼女は毅然と座って前を見据えていた。ジョーンズが今までそばにいたなんて、なかったかのような横顔だった。


 その時、タンジーが呟いた。


「ノア……、ねえ、聞こえているのでしょう?」


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