四十六話 僕が守る



 ジョーンズは、タンジーのために自分ができることは何かと思った時、自然とそう言っていた。


「タンジーの目は何者かにくり抜かれた。それはタンジーが狙われているからでしょう。その鍵を飲み込めば、また、狙われるかもしれない。ならば僕が飲み込めば」

「ダメっ」


 タンジーは悲鳴を上げた。


「君は目が見えない。これからは僕が守るよ」

「あなたを死なせたくない。わたしは死んでもいいの」

「「ダメだ!」」

 

 ジョーンズとノアが同時に叫んだ。


「タンジー、お前がテラを守るんだ。お前がいないと意味がない」

「では、兄上、わたしたち二人で逃げましょう。ジョーンズは関係ないわ」

「関係ある」


 ジョーンズがきっぱり言った。


「僕は、君と結婚すると決めた。君は僕の妻になるんだ。守るのは僕だ」

「わたしは結婚するつもりはありません!」

「また、その話に戻るのか。どうしてそんなに頑固なんだ?」


 ノアが不思議そうに言う。


 当然でしょ、とタンジーは思った。

 ジョーンズを、死なせるかもしれない運命に巻き込みたくないからだ。


「テラが滅んだら、何もなくなるんだよ」


 テラが滅ぶ。冥界の王たちによって、本当に滅ぼされるの?


「わたしにもっと力があればいいのに……」


 ぽつりと呟くと、兄がしっかりした口調で答えた。


「だからこそ、お前はジョーンズと結婚するべきなんだ」


 タンジーは天を仰いだ。もう、誰か兄の口をふさいでくれないかしら。


「タンジー、僕では不服かもしれないが、精いっぱい君を守るよ」

「自分のことは守れます」


 手をするりと抜いて、背中を向ける。ジョーンズが息をつくのが分かった。

 こんなことになるのなら、ジョーンズから離れておけばよかった。


「タンジー、さあ、話はついた。僕を鍵に戻すんだ」

「兄上、これでいいの? わたしには分からない」

「前にも同じことを言ったが、お前の泣き言など聞きたくない」

「兄上……」

「前に進むんだ、タンジー」


 兄の言葉は鋭く、タンジーには言い返せなかった。

 兄の体に両手をかざして呪文を唱える。この魔法にもだいぶ慣れてきた。

 兄の気配が消えて、彼は銀の鍵となった(はずだ)。


「ジョーンズ」


 目が見えないため、ジョーンズの声を確認すると、彼は一瞬、息を飲んだ。


「本当に鍵になった……」

「これが鍵よ。飲み込んで」

「これを飲み込むのか?」


 ジョーンズがためらっている。当然だとタンジーは思った。


「ね? 無理しなくていいのよ。わたしが飲み込むから、大丈夫よ」

「いいや、僕が飲む込むよ」


 しばらく静かになる。


「痛みはないはずよ、魔法で守られているし、ノアには声も届かなければ、見ることも感じることも何もできない。本当にただの鍵よ」

「どうやって呼び出すんだい?」


 ジョーンズが、えへんえへんと喉を鳴らした。どうやら飲み込めたらしい。


「わたしが声をかけたら、答えてくれるわ」


 それを聞いてジョーンズはほっとした。もし、このままずっとお腹の中にいたら、どうしよう、と思ったのだ。


「もう、今日は遅いから休もう」

「へとへとよ」


 タンジーが力なく笑った。

 ジョーンズは、タンジーに寄り添い肩を抱いた。


「何?」

「今夜はここで眠るよ」

「なぜ?」


 タンジーは驚いていたが、疲れているのか、抵抗しなかった。


「わたしはもう逃げないわよ。だって、あなたがノアを飲み込んだんだもの、何があっても離れないわ」


 離れないと言われて、どきりとする。ジョーンズは体が熱くなった。


「なら、なおさら、僕は一緒にいるよ」

「ジョーンズ」


 タンジーが改めた声で言った。


「いいの? 本当に。アニスのこと好きだったのでしょう?」


 ジョーンズは、タンジーの黒髪を撫でた。タンジーが気持ちよさそうに目を閉じる。


「あなたの手は魔法の手かしら」


 すごく気持ちがいいの、とタンジーの声が小さくなった。タンジーは、腕の中で眠ってしまっていた。

 

 ジョーンズは、不思議な気持ちにとらわれていた。タンジーのセリフが、以前のアニスの言葉とかぶる。


「タンジー、君は何者だい?」


 話しかけたが、彼女はすっかり夢の中だった。

 タンジーを眺めていると、彼女の赤い唇にキスしたくなった。吸い寄せられるように顔を近付ける。

 キスをして目が覚めるかと思ったが、彼女は深い寝息を立てている。

 よほど、疲れたのだろう。

 抱きしめて隣に眠ると、自分もすぐに睡魔に襲われた。ジョーンズは、タンジーを抱きしめたまま眠ってしまっていた。

 目を覚ました時、彼女はまだ腕の中にいた。


 小さな唇から吐息が聞こえる。まだ、結婚もしていないのに、どうしても触れずにいられない。

 もう一度、軽くキスをした。


 タンジーは目を覚まさなかった。

 柔らかい唇は甘い味がするみたいに気持ちがいい。軽く抱き寄せると、タンジーが目を覚ました。


「何? 何なの?」


 両手で押し返される。


「僕だよ」

「ジョーンズ……」


 驚いた、とタンジーが胸を押さえた。


「わたし、寝てしまったのね」

「ああ」

「何かした?」

「まさか」


 ジョーンズは肩をすくめた。

 タンジーには見えていないだろうが、彼女は安堵したように息をついた。


「そうよね」

「朝食をもらってくるよ。ここで食べるだろ?」

「いいえ」


 タンジーは首を振った。


「みんなと一緒がいい」

「分かった」


 タンジーが起き上がるのを手伝おうとしたが、彼女は一人で起きようとした。


「見えているのかい?」

「見えないけど、耳はすごくいいのよ」


 タンジーは、にっこりと笑った。


「ただ、ドアがどちらにあるか分からないわ」

「手伝うよ」

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