三十七話 一人にしないで
目が覚めた時、タンジーは自分の目に包帯が巻かれているのを知った。
部屋の中は静かで、生き物の気配はなかった。
誰もいないのだ。
タンジーは不安になって、ゆっくりと起き上がった。
包帯のせいで何も見えない。
部屋はしんとして、少し肌寒かった。夜なのか昼なのかも分からない。動こうとすると、何か硬いものに手が当たり、びっくりして体をすくめた。
動かない方がいいみたい。
タンジーはベッドに座ると、息を吐いた。
力が出ない。
ミモザが裏切るなんて。
ミモザの声を思い出すと、体が震えた。あんなに乱暴な口調のミモザは初めてだった。わたしを憎んでいるようだった。
顔を抑えようとして、目に痛みを感じて、ためらう。
悲しむこともできないなんて。
ミモザは、自分をタンジーと呼んでいた。
タンジーとして生きると決めた瞬間から、もしかしたら、使い魔との契約が切れてしまったのだろうか。
いや、そうじゃない。
ミモザはアニスの精霊だから、アニスの身体を持つ彼女の精霊になったのだ。
ミモザを失ってしまった。小さい頃から、ずっと一緒だったのに。
涙が出そうになって、慌てて押しとめる。
弱気になってはいけない。タンジーとして生きるって決めてから、泣かないって決めたのに。
考えなくてはいけないことが山積みだ。
わたしをこんな風にしたミモザは何と言っていた?
ジョーンズとアニスの間にいられると困るのだ、と彼は言った。
どういう意味なの?
よく考えようとした時、部屋をノックする音がした。
「タンジー?」
その声にドキッとした。ジョーンズだ。
まだ、頭の整理ができていないのに、返事を戸惑っていると、入るよ、と言ってドアが開いたのが分かった。
彼が近づいてくる。
「タンジー、大丈夫か?」
ジョーンズの労わるような声がした。
「ええ……。大丈夫」
ありがとう、と答えると、いきなり手を握られた。
かたい大きな手で、タンジーはびっくりしてその手を引っ込めた。
「あっ。急に触ったりしてすまない」
「いいの……。びっくりしただけだから」
タンジーは声の方に顔を向ける。しかし、思わず、顔を下に向けた。醜い自分を見られたくなかった。
「起きたりして大丈夫なのか?」
「ええ。わたしは丈夫なのが取り柄なの」
心配させまいと笑って見せたが、あんまりうまくいかなかった。
シーンと静けさが漂う。
「あの……、アニスと会えてよかったね」
「その事なんだが……。君が大けがをして大変な時にこんな話をするべきではないって分かってる……。でも、どうしても伝えなくてはいけない事があるんだ」
「……何?」
不安すぎて、心臓が止まりそうだ。
「アニスが僕との婚約に承諾してくれた。だから、カッシアに引き返して、アニスと結婚式を挙げようと思う」
「結婚?」
今、彼はなんと言ったのだろう。タンジーは両手が震えた。
「なぜ?」
息が苦しくなり、体を支えられず、タンジーはベッドに手をついた。
「どうして結婚するの?」
「アニスが早く式を挙げたいと言うんだ」
「そんなに早く? だって、彼女のこと、もっと知りたいと願っていたんじゃないの? 会って間もないのに、結婚なんて決めていいの?」
気持ちが焦り、ジョーンズに訴えた。
待って。これはどういう展開なの。
タンジーは、顔を押さえた。
まだ、ミモザの意思が全く理解できないのに、アニスとジョーンズを結婚させていいのだろうか。
いや、そんな事より自分の気持ちが否定していた。
ジョーンズを奪われてしまう。
その焦りがタンジーを必死にさせた。
「結婚しないでっ。お願いよ、ジョーンズ」
「タンジー、君は喜んでくれると思っていたが、そうじゃないのか?」
「アニスのどこがいいの? 何も知らないくせにっ」
思わず声を荒げると、瞬間、ジョーンズから怒りのエネルギーが発せられた。
タンジーは恐怖に
「彼女を悪く言うのはやめてほしい……」
「そんなつもりじゃ……、わたしはただ……」
「もうこれ以上、話をするのはやめておこう」
ジョーンズは椅子に座っていたのか、静けさを破るように、椅子を引いて立ち上がる音がした。
「タンジー、君が僕を守りたいと言って一緒にいたが、僕にはアニスがいる。だから、もう守ってもらわなくても大丈夫だ。僕らは先に進まないといけないが、君は大事をとってケガの治療をした方がいい。心配だから、ロイがそばにいると言っていた」
「やだっ。ジョーンズ、行かないでっ」
ジョーンズと離れたくない。
「わたしはこの世界をつなぐ鍵を持っているの。わたし一人ではこの鍵を奪われてしまう。次元をつなぐ銀の鍵は、わたしが飲み込んだのっ」
支離滅裂の事を言っているのは分かっていた。しかし、ジョーンズから離れてはいけない。
ジョーンズをミモザとアニスにだけは奪われてはいけないと思った。
「銀の鍵?」
ジョーンズの怪訝な声が聞こえた。
「そうよ。ティートゥリーたちは、鍵を奪おうとしているっ」
「一体何の話をしているんだ? また、君の得意な魔法の話か?」
「違うわ。わたしたちが狙われるのは、この鍵のせいなの」
「何を言っているのか分からないが、やっぱり、君のせいで僕たちは狙われるのか」
ジョーンズの声から、怒りを押し殺した気配が感じられた。
相手の顔が分からない。
言葉だけだと、ジョーンズがすごく怒っている気がした。
「詳しくは話せない。けれど、わたしから離れないで。お願いよ」
ジョーンズは黙り込んだ。
「……君は一人じゃないよ。ロイたちがついている」
「あなたがいいの」
タンジーが言うと、一瞬、ジョーンズが息を呑んだのが分かった。そして、
「アニスが……、僕が他の女性と一緒にいるところを見たくないそうだ」
とその言葉の最後に、ジョーンズは部屋を出て行った。
ドアがバタンと閉まった。
タンジーは何も言えず、うなだれた。
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