三十六話 わたしがいる
タンジーは、走って行くジョーンズを茫然と眺めていた。
その先に、金髪の少女がいる。
わたしがいる――。
金色の髪に、ミルク色の滑らかな素肌、形のよい唇でつつましく微笑んでいる。
タンジーは、骨ばった自分の手足と見比べて、手足は長くすらりとしたアニスの姿を見て、一歩後ろに下がった。
「ああ、気づかれたか。アニス嬢は美人だな」
ロイがため息をついた。マイケルがじいっとアニスを見て頷く。
「誰の目から見ても、彼女は可愛いね」
ええ、わたしと比べるとね。
皮肉な答えしか出ない。
タンジーに失礼だわ、と自分に言い聞かせた。比べることが間違っている。
「君は辛いだろう。あの姿を見るのは」
ロイが気の毒そうに言った。
「え?」
「君には残念だが、勝ち目はないな」
ロイの言葉がぐさりと胸を突いた。
「……そうかしら? 決めつけないで」
「魔法だってきかないさ、あの様子を見てれば分かる」
ジョーンズは、アニスの手を握りしめ、何か囁き、彼女がはにかむ。
ジョーンズの姿は見たこともないほど優しく、とろけそうに見えた。二人は宿の中へ入って見えなくなった。
タンジーは言葉が見つからなかった。
わたしは、何を求めていたのだろう。
ジョーンズの後を追いかけることで精いっぱいだった。
二人が仲良くしている所を見ているだけで、胸が苦しい。二人の間に入って、邪魔をしたい衝動に駆られる。そんなことする権利はないのに。
ふいと背を向けると、宿からミモザが出てくるのが見えた。どこかへ向かっているのか、急ぎ足だ。ミモザの姿を目にしたとたん、涙がにじんだ。
「ああ……っ」
ミモザの姿にこんなに心を打たれるなんて。
無意識に足がミモザを追いかけていた。
「あっ、おい、タンジーどこへ行くんだ」
「ごめんなさい、あの人に用事があるの」
タンジーはもつれる足を必死で動かし、ミモザに駆け寄った。
「ミモザっ」
すがりつくようにミモザの背中に抱きついた。久しぶりに会ったわたしの精霊。
「ミモザっ。ローズは? アレイスターに送ってきたのね。ありがとう。あなたに会えなくてどんなに心細かったか」
いつものように優しく声をかけてほしかった。
見上げると、ミモザが冷たい目で自分を見下ろしていた。
「……離れなさい」
「え?」
タンジーが顔を上げると、自分を冷たく見下ろすミモザの目があった。
「どうしたの? わたしよ、アニスよ」
「そんなことは分かっている」
ミモザの冷たい声に体が凍りついた。
「どうしてそんな冷たい声を出すの? 会いたかったのに。あなたが必要だったのよ」
「タンジーよ。あなたの魔法はもうわたしにはききません。わたしはもう、あなたの精霊ではない。アニスの精霊です。わたしはアニスの言うことしか聞かないし、タンジーのために働くことはない」
――何を言っているのっ。
ミモザは、タンジーの腕をつかむと、人気のない宿の裏へ連れて行った。だいぶ日が落ちて、あたりは薄暗くてよく見えなくなっていた。
「ジョーンズとアニスの間にいられると困るのだ」
離れている間に何かあったのだろうか。
よく見ると、ミモザがやつれている。あんなにキラキラした精霊が顔色が悪い。
すると、突然、ミモザの手が伸びて、タンジーの口を開かないようにした。
「んぐっ、んっ……」
「その目は?」
ミモザが、タンジーの瞳に気づいて、怪訝な顔をした。
「まさか、覚醒しているのか?」
タンジーは目を見開く。
何を言っているの?
「全く、余計なことばかりしてくれる」
ミモザは吐き出すように言って、タンジーの目に手のひらを当てた。
手が触れている部分が、焼けつくように痛い。
「んっ。ふぐっ」
目玉を焼かれているようだった。
意識が遠のきそうになると手が離れた。
タンジーは解放されて後ろにひっくり返った。
「こんな危険なものをお前が持っているなんて……」
何も見えない。真っ暗闇で手をかざしたが、感覚はあるが見えなかった。
「わたしに……何をしたの……?」
弱々しい声しか出ない。
「お前には必要ない。どんなに覚醒しても、ジョーンズ・グレイはこちらのものだ。それから今後、ジョーンズ・グレイに近づいたら、お前の命は……」
ミモザの声がぴたりと止まり、足音が去って行った。
タンジーは、ゆっくりと誰かに抱き起こされた。
「タンジーっ」
ロイの声だった。
「ロイ……。目が見えないの……」
「大変だっ」
軽々と抱かれ、移動し始める。
「どうした?」
マイケルやデニスの声がしたが、ジョーンズの声はなかった。
「目を焼かれている……」
「嘘だろ……?」
「医者を呼んでくれ、急げ」
「俺が行くっ」
誰の声か分からなくなった。
喧騒から遠ざかり、ドアがバタンと閉まった。ベッドに寝かされる。
「何? 何があったの?」
タンジーは心細い声を出した。
「痛くないのか? 全く、それはこっちのセリフだ。少し目を離したと思ったら、目を焼かれて倒れているなんて」
「目が……?」
タンジーは、ショックのあまり呆然とした。
「大丈夫か? いや、大丈夫なわけないな」
ロイが、タンジーの額を優しく撫でてくれた。
「すぐに医者が来る。そうだ、君の魔法で治せないのか?」
タンジーはゆるゆると首を振った。
ロイの優しい声が胸に響く。
――分からない。ミモザがなぜ? 何が起きているの?
タンジーは次第に意識が遠のいた。
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