三十五話 紫の瞳

 



 翌朝、ジョーンズの部屋を訪ねると、彼は朝食に誘ってくれた。

 タンジーの分も頼んでくれて、ジョーンズは気にしなくていいと言ってくれたが、お礼を言うことしかできないのが申し訳なかった。


「それで、マイケルたちはどこにいるんだ?」

「彼らはこの森を抜けた隣の町の宿にいるわ」

「どうしてそんなことが分かるんだ?」


 怪訝そうに言う。


「えっと、一応、虫に頼んだの」

「虫に……?」


 ジョーンズは自分が一人はぐれた時に、虫に足止めされたことを思い出した。


「ああ……」


 納得のいくようないかないような顔つきで頷いた。


「急ぎましょ」


 タンジーが出された朝食をすぐに食べてしまうと、一人で馬を預けている納屋へ行った。先に、ジョーンズの馬の準備をして待つ。

 そして、ジョーンズが購入してくれた鹿毛の馬を探した。痩せ気味で少し小柄のメスの馬だが、優しい目をしている。

 馬にブラッシングをして待っていると、ジョーンズがやって来た。自分の馬に荷物を馬に乗せると自分も馬に飛び乗った。


「タンジー、行こう」


 名前を呼んでもらえるだけで嬉しかった。


 タンジーも馬に乗り、ジョーンズを先頭に緩やかに動き出す。ある程度進み森の中に入ると、ジョーンズに声をかけた。


「ジョーンズ、わたしが先頭を行くわ。ついてきて」

「分かった」


 ジョーンズが答えた。

 ジョーンズを追い越すと、タンジーが一気に速度を上げた。





 ――なんて速さで走るんだ……。


 ジョーンズは乗馬が得意だ。

 タンジーのかける速さについていったが、女性の乗馬とは思えない。

 それよりも――。


 ジョーンズは、タンジーの後を追いながら、もっと別のことに戸惑っていた。

 最初に出会った時と今とでは、全然印象が違う。

 馬を乗りこなす彼女の姿勢と口調が別人なのだ。


 魔女とはこういうものなのだろうか。

 初めて見たタンジーの印象は、日に焼けたそばかすだらけの顔、やせっぽっちで胸もなく、髪の毛はぼさぼさだ。

 ところが、今目の前にいる彼女は何か違う、と思った。

 

 瞳が、美しい紫色をしていた。


 全然、気にも留めなかったのに。今では、その紫色の瞳がこの世のものとは思えないほど、美しく思える。

 光の加減で様々な色に変わり、思わずその瞳に見入ってしまう。


 ジョーンズはそう考えて、はっと気を引き締めた。

 余計なことを考えるな、集中して馬を走らせよう。


 タンジーは、森の中をためらいもなく駆けていく。痩せた雌馬のどこにこんな力があるのか。おそらく、魔女の力が作用されているのだ。


 やはり、彼女は危険だ。

 騙されてはいけない。タンジーは見かけは醜いが、力を持っている魔女だ。

 きっとあの瞳もまやかしなのだ。

 気をつけなければ、自分も知らない間に操られるかも知れない。


 暗い森を抜け、日差しが少しずつ差し込んで来た。だいぶ、町の方へ出てきたらしい。細い川を渡り、西に傾き始めた空を背にして駆け抜ける。


 ようやく、町へと出た。

 タンジーに案内されて宿につくと、見慣れた馬が数頭つないであった。

 彼女の言った通り、マイケルたちが待っていた。


「ジョーンズっ」


 マイケルが、ジョーンズたちの姿を見ると、手を振った。

 ジョーンズが馬から降りると、マイケルが安堵した顔で駆け寄ってきた。


「ジョーンズっ、心配かけるなっ」

「すまない……」


 ジョーンズは謝った。自分だけが一人で行動したことを恥ずかしく思った。


「仕方ないよ。我々は操られていたんだから」


 ロイが、ジョーンズの肩を叩いた。


「もう勝手な真似はしないと誓うよ」


 ジョーンズの言葉に、ロイが肩をすくめた。弟のデニスが首を振る。


「俺たちも同じです。皆、あの時はおかしかったんです。なぜ、あんな気持ちになったのか、今でも理解できません」

「とにかく、皆が無事でよかった」

「タンジーのおかげだよ、ありがとう」


 ロイが振り向いてお礼を言った。タンジーは恥ずかしそうに目を伏せている。

 その姿が愛らしく見えて、ジョーンズはどきりとした。


 どうかしている。タンジーを愛らしいと思うなんて。

 あの瞳のせいだ。

 自分はどこかおかしい。そうに違いない。


「あれ? 数日ぶりだけど、タンジーはなんだか人が違うように見えるが……」


 ロイが、タンジーのそばに寄ってじろじろ彼女を見た。

 ああ、その通りだ、とジョーンズは言いたかった。

 自分も目がおかしくなっている。が、それには触れなかった。


「日が落ちる前に合流できてよかったよ」

「ああ。今夜はここに泊まろう」


 ジョーンズが言うと、ロイが、あ、そうだ、と思い出したように言った。


「ジョーンズ、お前に話が……」


 ロイが言いかけた時、宿から出てくる人物に目を奪われた。

 ジョーンズが呟いた。


「アニス……」


 まさか……。


「アニスっ」


 彼は叫び、走り出した。


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