二十七話 見上げた根性



 少女が泣いている。誰も何も言わなかった。

 アニスは胸騒ぎがして、ジョーンズのこわばった表情を見た。

 他の男性たちも呆けたように、ただひたすら前を進んでいる気がした。


「ここで少し休もう」


 開けた場所にたどり着くと、ジョーンズが一行を止めた。

 そこは山水が流れる場所で、明るい空を仰ぐことができた。四人は馬たちが水を飲めるように水辺の木のそばにくくりつけた。

 少女はデニスの腕から離れ地面に下りると、アニスに抱きついてきた。

 アニスは少女が愛しくなり抱き返した。少女からは太陽の匂いがしている。悪い者ではなさそうだ。


「あなた、名前は?」


 少女は答えなかった。デニスがそばに寄って来て、ため息をついた。


「かわいそうに怯えているね。お腹は空いていないのかな」

「何か食べる?」


 少女は何も言わず、いっそうアニスに抱きつくだけだった。デニスが大きな息をついた。


「どうしたの?」

「この旅はいつまで続くんだろう。この子の歌を聞いて、急に不安になったんだ。生まれ故郷に好きな人がいるんだ。僕は彼女に気持ちを伝えずに来た。言えばよかったと後悔しているんだ」

「好きな人ってどんな人なの?」

「背が高くて料理が得意でさ、いつも彼女の手料理を食べさせてもらっていた」

「彼女もあなたのことが好きなのね」

「そうかな」

「ええ、きっとそうよ」


 アニスはほほ笑んだ。デニスとは年齢が一番、近いので話しやすい。


「君は好きな人はいないの?」

「わたし?」

「ああ、そうか、君はジョーンズに首ったけだったね」


 アニスは恥ずかしくて、頬に手を当てた。


「そう、見える?」

「うん。でも、ジョーンズはやめた方がいい」

「え?」


 アニスは自分でも驚くくらい、心臓がどきりとした。


「なぜ?」

「ごめん、どうして僕らが旅に出たのか知らないんだね。ジョーンズは花嫁に会いに行くんだ」


 そうだった。わたしはただの魔女見習いタンジーだった。二度と元の姿には戻れない。

 このまま追い続けると、ジョーンズと身代わりのタンジーの結婚式を見届けることになるのかもしれない。

 アニスはあまりのショックで声が出なかった。


「ごめんよ、そんなに傷つけるつもりはなかったんだけど」

「いいの、わたしはただの魔女見習いだもの」

「それでも、一緒について来るのかい?」

「ええ」

「僕は、帰りたい……」


 デニスがぽつりと呟いた。そしてふらりと立ち上がると黙って離れて行った。


「おい、出発するぞ」


 ロイがみんなに声をかけた。

 アニスはジョーンズのもとへ行くと、なぜか彼が顔を背けた。


「悪いが、ロイの馬に乗せてもらってくれ」


 突然、冷たくされてアニスは傷ついた。

 ロイは優しく接してくれたが、アニスの心はここにあらずだった。


「ジョーンズの言ったことは気にしない方がいい」

「え?」


 アニスは背後のロイを見上げた。

 ロイは男陣の中で一番の年長者で口髭を蓄え、精悍な顔つきをしている。


「ジョーンズは、会ったばかりの花嫁にとらわれ過ぎている。実際の彼女を知れば目が覚めるだろう」

「つまり、ジョーンズは夢中になっているってこと?」

「そうだ。知りもしない女に夢中になっている。彼女を知らないほど欲求が募り、のめり込むんだ。デニスがいい例だ」


 急に弟の話になりびっくりした。


「え?」

「弟の好きな女は尻軽で、誰とでも寝るような外見だけが美しい女だ」

「そんな……嘘でしょ?」

「残念ながら本当だ。俺が弟を連れ出したのは、あの女から離したいためだった。あの女の魅力は体だけだ」


 アニスは顔をしかめた。

 自分とその尻軽な女と一緒にしないでほしい。


「でも、ジョーンズの好きな人は違うかもしれないわよ」

「ライバルを応援するのか?」

「ライバル?」

「ジョーンズが好きだから、追い回しているんだろ」


 皆にそう思われているという事は、ジョーンズも思っているんだろう。

 アニスは肩をすくめた。


「そういう事でしょうね」

「俺はお前のような女は好きだ。一途で迷いがない。ジョーンズのために家を出てくるなんて、大した女だ」

「どうも」

「おい、デニスっ」


 ロイが弟を呼ぶ。


「何?」


 デニスがのろのろと近づいて来る。さっきよりもっと元気がない。


「女はタンジーのような女を選べ。見た目はいまいちだが、ジョーンズのために命をかけている。見上げた根性だ」


 褒められているような気がしない。


「兄さんは、いつも同じことを言う。見た目の悪さが女の根性だと言うんだ。義姉さんは見た目がいまいちだものね」


 ロイの目が吊り上がる。

 デニスはさっと逃げ出した。少女を抱いたマイケルの元へと追いつく。

 ロイが舌打ちをして、弟を睨みつけた。

 ところで、とアニスは不安になってロイに尋ねた。


「ねえ、森はまだ続くの? 確か、一時間ほどじゃなかったかしら」

「確かにおかしいな」


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