四話 とっちめてやる!



 男たちを見て、ローズは意識が戻っても再び気を失うだろうと思った。

 わたしに関しては大丈夫。

 アニスは自分の身なりを見て安堵した。顔は泥だらけでドレスはびしょ濡れだ。

 自分がちっとも美しくなくて良かったわ、と心から思った。


 馬車から降りてみると、浅黒く背は低いが硬い筋肉を持った男が、鍬を持ったまま、じろじろと自分を見ている。

 その後ろに、さらに筋肉質で髭もじゃの男がシャベルを担いでのっそり現れ、アニスのつま先から全身を眺めた。

 アニスは居たたまれない気持ちに駆られた。


「なんだ、どうした」


 すると、男たちの中からとびぬけてハンサムな男が現れた。

 アニスの胸がどきりと高鳴った。

 黒髪にはっきりした顔立ち、鼻筋は整っており、顎はしっかりしている。腕は太く足もたくましい。均整のとれた体つきで薄汚れていても、盗賊にしては気品があった。


「あなたが首領ね?」


 思わず出たアニスの言葉に、ぴくりと男の顔が引きつった。


「その言葉は適切ではない。私はこう見えてもこのカッシアの領主の息子だ」


 カッシアは聞いたことがある。西のパースレインから、カッシアはだいぶ北の方角にあった。


「広大な土地を所有されているのね」


 見渡す限り荒れ地だが。

 アニスは息を吸って、気持ちを引き締めた。


「助けて欲しいの。水と食料を分けてくださらない?」

「君たちは何者だ。一体、どこから現れた」


 領主の息子が怖い顔で言った。

 アニスは真実を伝えるべきか悩んだ。その時、数名の男たちが馬車の中をのぞいて興奮したような声を上げた。


「おい、中にすごいべっぴんが眠っているぞ」

「触らないでっ」


 アニスがすごむと、領主の息子の背後にいた年配の男が吐き出すように言った。


「触るなだと? おい、突然、現れて高飛車に助けろなんて言われて、あんたならすぐに助けるか? 自分の姿を見てみな、俺たちを蔑んでいるらしいが、あんたのなりもよっぽどひどいぜ」

「もういい、みんな作業に戻るんだ」


 領主の息子が言って、集まった男たちはしぶしぶと離れて行った。

 彼らはただ荒れ地を開拓していたらしい。アニスは高飛車な態度を取ったことを悔んだ。


「ごめんなさい、わたしが悪かったわ。でも、とても困っているの。助けてください。領主の息子さま」


 言い方が気に入らなかったのだろうか。もう一度、ぴくりと男の顔が歪む。何も言わず、背中を向けて行こうとした。


「あっ、待ってっ」


 アニスはあわてて男を追いかけた。

 ほっそりした手を彼の腕にかけると、手首を掴まれ引き寄せられた。簡単に体を引っ張られアニスは面食らった。


「……君は何者だ」


 耳元で囁かれる。アニスは目を見開いて男を見つめた。

 彼の瞳は空のように青い瞳をしていた。


「荒れ地に突如、馬車が現れてみろ、みんな動揺している。それに……」


 領主は、ちらりとアニスの全身を眺めた。


「これを着て」


 領主の息子は白いシャツに茶色のベストを着ていたのだが、それを脱いでよこした。


「何よ、これ」


 アニスは、怪訝な顔で男を見つめた。


「いいから、私の言うとおりにするんだ」


 アニスは自分を見下ろした。そんなにみっともないのだろうか。

 屈辱で涙が出そうになる。唇を噛むと、男が首を振った。


「そうじゃない。言いたくなかったが、体のラインがくっきり見えている」


 聞いた瞬間、アニスの白い顔が真っ赤に染まった。あたふたとベストを着て前をかけ合わせた。白いコットンのドレスを着ていたのだ。コルセットをつけていないので、全部見えていたのかと思うと、今すぐ消えてしまいたかった。

 領主の息子のベストは大きくてお尻まで隠してくれていた。

 ケガを負った猫のようにおとなしく、しゅんとなったアニスを見て、男はため息をついた。


「立派な馬車だが、馬が見当たらない」

「馬はいなかったの……」


 アニスが小さく答えた。


「どうして?」


 領主が聞き返す。アニスは、顔を赤くしたまま小さく首を振った。


「わたしたちは悪い者たちに襲われて、それで、精霊が助けてくれたの」

「精霊?」


 領主がバカにしたように笑う。


「バカにしないでっ」


 領主が魔法を信じていないのだとすぐに分かった。


「ごめん、ごめん、そんなに怒らないで」


 アニスは、両手でドレスのすそを握りしめた。魔法を使って今すぐ違う場所へ行きたかった。でも、体力が消耗しており、実は立っているのがやっとだった。

 寒さで体が小刻みに震える。

 領主の息子が、アニスの様子に気づいて顔をしかめた。


「まずは、体を温めないといけないようだな。それに君は僕の馬より汚い」

「なんですって? 乙女に向かってよくも……っ」


 しかし、領主の言うとおり、アニスはひどいなりだった。

 金髪はぐっしょり濡れていて、あられもない髪型になり、もっとひどいのは顔だった。泥で化粧したかのように、ところどころまっ黒になっていた。

 鏡を見れば卒倒したはずである。幸い、姿見がなく全身を写すことはできなかった。

 手を振り上げて、領主に食ってかかると、両手首をつかまれた。


「痛いっ」


 悲鳴を上げてアニスは暴れた。領主がぱっと手を離した瞬間、派手に尻餅をついた。


「痛いわっ。野蛮人っ」


 男は、はあっと大きくため息をついた。


「うるさい女だ。その馬車で眠っている女性は助けよう。君は彼女つきのメイドだろ、テントは小さいから、君は外で見張りでもしてろ」


 そっけなく言って立ち去る。


 アニスは助けてもらえると聞いてほっとした。

 温かいお湯で体を清めて、パンとスープでももらえたらありがたい。

 そして、とりあえず力が回復したら。


 ミモザを呼び出して、とっちめてやるっ!

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