二話 金ぴかの馬車
ああ、空は広いなあ。
青い雲、すがすがしい風。
「気持ちがいいなあ」
アニス・テューダーは草の上でごろりと横になり、大きく両腕を伸ばした。
「うんうん、これで紅茶とビスケットがあればもっといいのに」
使い魔のミモザがいないのでぶつぶつ独り言を言っている。
結っていた長い白金の髪の毛もほどいてぼさぼさだ。
パースレイン城を抜け出し、コットンの白いドレスが汚れるのも構わず、お気に入りの原っぱに寝転んで、大好きな本を読むのは最高だ。
今日みたいな日和はめったにないのだから、少しぐらい息抜きしてもいいよねえ。
アニスは勉強が大嫌いで、空が青いからとか、今日は雨だからなど、理由をつけてはたいていさぼっていた。
今日も黙って城を抜け出してきたばかりだ。
魔女見習いとはいえ、城の者に見つからないように姿を消すことは、いとも簡単にやってのける。その時、ガラガラと聞きなれぬ音がして、アニスは体を起こした。
音のする方へ顔を向けると、数名の騎馬隊を連れて、四頭の馬に豪華な貴族の馬車がパースレイン城までの小道を走っていく。
馬車はあっという間に城の門の中へ消えて行った。
「ん? あれ、どこの貴族だろう。ずいぶん金ぴかね」
見たことがないほど豪華に飾られた馬車だ。馬も一頭一頭が白馬でそろえられている。
アニスは眉をひそめた。
パースレイン城は、城とは名付けられているが、実際はタウンハウスでそれほど大きな建物ではない。
家事使用人たちも大勢いるわけではなかった。
できることは自分たちでやってしまうというスタンスなので、国王と名はついているが、他国の国王や領主たちとは違う考え方を持っていた。
大切にしていることは、自分たちが食べる作物や生活に欠かせない必要なものを必要なだけ作ること。
国王といえど、質素な王国であった。
しかし、食べ物はどれも新鮮で美味しく、水も空気も綺麗で、人があまり住んでいないため、自然はたくさんある。
のどかなこのパースレインに客が来ること自体珍しい。
来客がある話は聞いていない。
父上と母上は知っているのかしら、といぶかしく思いながら、仕方ない城へ戻るかと立ち上がると、突然、ドーンという大きな衝撃音にアニスはびっくりして尻餅をついた。
「へ?」
茫然として音のする方へ顔を向ける。
タウンハウスから火の手が上がっている。
「そ、そんな……。何よこれ」
強い風が吹いてきて腰まである髪の毛が唇に絡まった。アニスは魔法で髪の毛を三つ編みにした。
――アニスっ、ここにいたのですね。
頭上から男の声がした。使い魔である精霊、ミモザが舞い降りてくる。
白いローブに身を包んだ彼は背がとても高いがほっそりしているので、華奢に見えた。長い金髪が風に揺られ、白い顔はいっそう青ざめて見えた。
「ミモザ、た、大変なことが……」
――国王と王妃が捕らわれました。
アニスは話を最後まで聞かず城へ向かって走り出した。ミモザがすぐに横につく。
――アニス、わたしにつかまりなさい。
アニスはミモザに抱きついた。
――パースレイン城まで移動します。
言うなり、二人の姿は一瞬で消えた。ミモザは瞬間移動が得意だ。
城の中は煙で充満している。
煙で天井が真っ黒だ。ミモザが床ギリギリのところをアニスを抱いたまま飛んだ。
応接室の扉が破壊されている。ミモザが飛び込むと、白髪の中年の貴族だろうと思う男がパースレインの王妃の首すじに剣を当てて脅しているところだった。
床にはローズ姫と兄のノアが倒れている。
父国王は何もできず、貴族が連れてきた兜をかぶった騎士に剣を向けられていた。
「父上っ」
「アニスッ。すぐにノアとローズを連れて逃げるんだっ」
国王が叫んだ。
王妃は恐怖の表情でいたが、アニスを見て優しく笑った。
「わたしは大丈夫。アニス、逃げなさい」
アニスは何が起きているのか、まったく理解できなかった。
すると、白髪の貴族が唾を飛ばして叫んだ。
「質素な生活はもうたくさんだ。これを見ろっ」
王妃を脅したまま、ポケットから一枚の紙きれを出してアニスに投げつけた。
アニスは紙きれを取って目を通した。
連盟書だ。
豊かな資源財産があるにも関わらず、それらを独り占めし無駄にしていることに我慢がならない。よって、パースレイン国王の領地のすべてを没収し、各領主と五等爵の名が連盟で統治する、と書かれている。
何が起きているの?
いつの間に、こんなことが。
――アニスっ。しっかりしてくださいっ。
ミモザの声に我に返った。
つまり、そう。クーデターが起きているのだ。
「アニス、俺の言うことを聞けっ。今すぐ、ミモザと共にここから離れろっ」
国王が叫んだ。
この言葉は、何度も聞かされた言葉だ。
ティートゥリー王の支配にとらわれたら最後、何が起ころうがこの城を捨てて逃げろ、という意味だった。
アニスは唇を噛みしめた。
その時、応接室にある隠し扉からメイドのキャットが飛び出してきた。
「キャットっ」
アニスが叫んだ。
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