第21話 真実を記す



 ジョーンズは快く答えて、ラリーサの眠る部屋へ連れて行ってくれた。

 柔らかいベッドで眠るラリーサを見ると、ラベンダーのことを思いだした。

 わたしの命を救ってくれた大切な妖精の女王。

 きっと、ラリーサに会いたくてたまらないことだろう。


 わたしはラリーサのそばに椅子を置いて彼女の寝顔を見つめた。

 ラリーサは静かに眠っている。

 彼女は変化したわたしを見ても驚かないだろうか。いや、きっとすぐに受け入れてくれるだろう。

 ジョーンズがそばに来て、わたしの肩を優しく抱いた。


「ねえ、教えて」


 頼むと、ジョーンズは静かに頷いて、わたしをソファへと誘導した。


「世界は今、混沌としている。僕が話す内容は全てではないかもしれないけれど、なるべく順序だてて話そうと思う」

「ええ、お願い」


 胸が不安で押しつぶされそうになった。

 わたしが覚えているのは、壊された扉、そして、わたしを助けてくれた妖精たちの存在。ほとんどがおぼろげだった。



 ジョーンズが語り出した。

 長い物語のような話を聞きながら、自分がとれだけ愚かなことをしてしまったのか。

 三年の間にそんなことが起きていたことを知らなかった自分に落胆した。


「アニス」


 ジョーンズがそっと抱き寄せた。


「そんなに深刻に考えないで、できることを少しずつやって行こう」

「……ありがとう」


 これからわたしがすべきことは何かしら。

 口に出したわけじゃないのに、ジョーンズが真剣に答えた。


「もちろん、僕との結婚式だよ」


 そして、わたしが何か言うのを遮るように、そっと唇を盗んだ。




 ジョーンズのご両親にも会って承諾をもらい、彼の弟であるサザンウッドにも会った。


 サザンウッドは、ほっそりとした優しい顔をした青年だった。

 彼はすでに婚約者がいて幸せそうに見えた。


 今回、ジョーンズがわたしと結婚をすることで、ジョーンズは伯爵家を継ぎ、グレイ卿と呼ばれるようになる。

 後から知ったのだが、セント・ジョーンズ・ワートと呼ばれた彼の祖父である大魔法使いは、侯爵の爵位を得ていたが、変人扱いされたあげく爵位を剥奪された。

 しかし、その後、セント・ジョーンズ・ワートの娘が、グレイ伯爵家に嫁ぎ、伯爵の地位を得たが、以後、グレイ家は、魔法とは全く無関係の家系だったらしい。


 サザンウッドとジョーンズは異母兄弟であるため、彼には魔法使いの血筋は受け継がれていないようであった。


 ジョーンズが魔法使いであることは、家族は知っているのだろうか。

 聞いてみると、伝えてはいるが公にはしない、とのことだった。

 結婚式は、このご時世のため身内だけで行う事になった。


 わたしの家族は一人もいない。

 父も母も兄もどうなったのか、分からないままだ。


 そんな得体のしれないわたしと結婚してくれる。

 しかも、ジョーンズの家族はそれを受け入れてくれた。

 わたしは感謝の気持ちでいっぱいだった。


 牧師を呼び、正式に婚姻届を出して、わたしたちは結婚をした。

 ラリーサは変化したわたしを見て、目をパチクリさせていたが、すぐに受け入れてくれた。


 ラベンダーたちにはまだ連絡がついていない。

 わたしはすぐにでも魔法でラベンダーのいる北へと飛び立ちたかった。しかし、三年前と状況が違っていることをジョーンズに懇々と説得され、いまだ魔法を使えずにいる。


 魔法を使うと、敵にばれてしまうというのだ。

 ラリーサのためにも何かしたい気持ちで一杯だった。





「アニス」


 夫であるジョーンズがわたしの名前を呼ぶ。

 わたしは返事をして、ジョーンズの胸に飛び込んだ。

 彼は強くわたしを抱きしめた。


「いつでも出発できるよ」

 

 耳元で囁かれる。

 わたしの気持ちを理解してくれているジョーンズの腕の中で、もし、ここでずっと平和に暮らす事ができたら、どんなに幸せだろうと思った。


 ジョーンズの奥さんになれただけでも幸せなのに――。


 でも、わたしの人生はこれからなのだ。

 これからジョーンズと手を取り合って、わたしたちの長い旅が始まるのだ。


「やることがたくさんあるわね。あなた」

「ああ」


 ジョーンズが笑う。


「君がいれば何でもできる気がする」

「わたしも」


 わたしはジョーンズを抱きしめながら言った。


「あなたがいる限り、わたしの愛と魔法は永遠よ」


 照れくさいセリフだったけど、ジョーンズがそばにいる限り、愛の言葉を囁きたかった。

 もう、誰も傷つけたくない。離れたくない。


「片時も離れないわ」

「僕も同じ気持ちだよ」



 わたしの支えとなってくれたグリモワール。

 

 これからも、わたしは真実を記し続ける。

 生きている限り――。


 ジョーンズと一緒に。



             第二部終わり。



 次回は、時は遡り、第一部となります。

 アニスとジョーンズの出会い。

 なぜ、アニスが記憶を失うこととなったのか、敵の正体について描かれます。


 次回からも読みやすく伝えられるよう精進して参ります。

 ここまで、読んでくださりありがとうございました。

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