第20話 言い忘れていたこと



 二人が何を言っているのか、わたしには全然分からなかった。もしかしたら、わたしには分からないわだかまりが二人の間にあったのかもしれない。

 

 ミモザとその話をした後から、ジョーンズの体から緊張がなくなった。

 そっとわたしの額にキスをしてから、ジョーンズは離れないよう抱き寄せられる。


「ミモザ、君の話はよく分かった。エヴァンジェリン」


 ジョーンズが自分の使い魔の名前を呼ぶと、すっと銀髪の美少女が現れた。


 ――はい、旦那様。

「妖精たちを部屋に案内してくれ。できるだけ上等な部屋で」

 ――かしこまりました。


 妖精たちが部屋を出て行く。

 ババロンはわたしの方を何度も振り返った。わたしは安心させるように笑顔で手を振った。ドアが閉まり、ジョーンズと二人きりになる。


 わたしは恥ずかしくて思わず顔を伏せた。


「アニス」

「分かってる…」

 

 顔を上げるのが怖い。自分がどんな顔をしているのか、ジョーンズがどんな顔で見ているのかも見るのが怖い。


「顔を上げて」


 ジョーンズが手を取って、手の甲にキスをした。


「伝えていないことがあった」

「何?」


 胸がざわざわする。何を伝えていないの?

 ジョーンズは大きく息を吸った。


「君に何度も結婚を申し込んだのに、言い忘れていたことがある」


 何を言われるのだろうとびくびくしながら手を合わせた。そして、大きく深呼吸した。


「準備はできたわ、言って」


 挑むように顔を上げると、ジョーンズが苦笑した。


「肩の力を抜いて」


 肩を撫でながら、ジョーンズはわたしを見つめた。


「知っていたかい? 君と出会ってから、三年と数カ月が過ぎた」

「三年…」


 わたしは三年もの間、自分を見失っていたのか。

 唖然としながらも頷く。全てを受け入れなければ、前に進めない。


「君がいない間、心に穴が開いたような気持ちでいた。でも、必ず見つかると信じて生きてきた。こうして、君が目の前にいると、自分の気持ちがよく分かる。やはり、君がいなければ生きていける自信がないよ」


 情けない顔のジョーンズ。


「ねえ、どうしてわたしがアニスだとあなたは信じてくれたの? エヴィですら、違うって言ったのに」

「君が……」


 ジョーンズが少し困った顔で答えた。


「今までの間違いだったアニスたちは、自分はアニスだってすぐに認めたんだ」


 それを聞いてわたしはポカンとした。


「え?」

「君だけだ。アニスではないって拒否した女の子は」


 そんな理由で。

 わたしは思わず笑った。


「ねえ、ずっと前にわたしがタンジーでいた時、そして、今回のマーサであった時、何を考えていたか分かる?」

「いいや、全然っ、分からないね」


 ジョーンズが大きく息を吐きだす。


「言ってくれ」

「愛してるわ、ジョーンズ。これまでもこれからもずっと」

「僕もだ。愛してるよ、アニス」


 わたしはうれしくてジョーンズの首に腕をまわして抱きついた。

 ずっと、こうしたかった。

 タンジーでいた時もマーサでいた時も、そして、どんな形をしていても、わたしはずっとジョーンズを愛していた。


「結婚してくれるね」

「はい」

「やっと、返事がもらえた」


 ジョーンズがくすっと笑う。


「僕は何回求婚したら、願いは叶うんだろうって、いつも思っていたよ」


 確かに、ジョーンズは形を変えたわたしに何度も求婚してくれた。初めて会った時が懐かしく感じられる。


「ねえ、どうしてわたしがあなたの前に現れたか、分かる?」

「いいや」

「ミモザにお願いしたの。結婚もせずに死ぬのは嫌だと、すると、ミモザはわたしを守ってくれる人の所へ飛ばしたわ」

「それが僕だった……」


 ジョーンズが驚いた顔をした。わたしはしっかりと頷いた。


「これからは離れないわ」

「約束だよ、君はすぐにいなくなってしまうから」

「そばにいるわ」

「そうしてくれ」


 お互い笑いあう。ジョーンズの頬が近づき、温もりを感じて穏やかな気持ちになった。

 彼がいないとダメなんだと思った。

 わたしでなかった三年間、一体何があったのか。


 わたしは、ジョーンズにゆっくりと話しを聞かせてもらおうと思った。

 でも、その前にラリーサに会いたい。彼女がそばにいないと落ち着かない。


 わたしはジョーンズに頼んだ。

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