第18話 魔力の放出




 一度にいろんなことが起きて、胸がドキドキしている。

  その時、金色の花がふわふわと飛んで来た。


「ミモザ…」


 わたしは右手を出した。ミモザが手のひらに落ちてくる。


「ミモザの精霊に命じます。これより、わが、アニス・トゥーダーの使い魔として…そばにいなさい」


 最後は涙で前が見えなかった。金色の花が輝いた。


 ――アニス。


 温かい手がわたしを包み込んだ。男性のくせにとても繊細な指先が、わたしの涙を拭きとった。


 ――なぜ、泣いているのですか?

「あなたがそうさせているの。一人ぼっちで寂しかったのよ」

 ――これからはずっとそばにいます。


 ミモザの声が染み込んでくる。


「ええ、そうして頂戴。ずっと一緒にいるのよ」

 ――それにしても…。


 ミモザがわたしの姿を見て顔をしかめた。そして、カオスを睨んだ。


 ――ひどすぎませんか?


 カオスが肩をすくめた。


 ――仕方あるまい。アニス王女が生きていると知ったら、どんなことをしてでもエヌビットが彼女を殺そうとするからな。

 ――これまでのことを話してください。


 ミモザが言って、一同を見渡した。


「そうね。その前に、わたしのこのケガをなんとかしたいのだけど」


 ライラが目を逸らして、そそくさとわたしのそばに寄ると、自分で突き刺してえぐりとった胸の傷に癒しの魔法をかけた。


 ――申し訳ありません、アニス王女。

「あなた、楽しそうじゃなかった?」

 ――まさか。芝居を打つのがうまいとほめてください。


 よく言うわ、と思ったが、わたしが魔力を取り戻すには半殺しにしなくてはならないと、おそらく自分で魔法をかけたのだと思う。

 誰も責めることはできない。


「わたしの責任だものね。もういいわ。それよりみんな、アニス王女と呼ぶのやめてくれる? アニスの方がしっくりくるの」


 ライラの癒しの魔法が効いてみるみる傷が塞がった。

 わたしは、眼帯を取って鏡を見た。


 何と、まあ、ここまでひどいナリをしていたとは。

 自分でも顔をそむけたくなってしまう。

 頭は禿げて、歯がないとこんな醜い顔になるのか。

 ひどいのは、黒い魔物にやられた目だ。

 

 あの魔物はわたしを監視するために、ずっとひそかに取りついていたのだろう。

 それを消すために自分で呼び出して。

 自分でもマゾだろうか、と呆れる。


 わたしは両手を見た。白い手に戻っている。

 どこから溢れてくるのだろうか、力が湧いてきた。


 ハーブがあれば完ぺきなのだが。

 わたしの魔法は植物から力を借りて魔力を増幅させる。


 カオスがすっと消えたかと思うと、すぐに現れた。手に持っているのは、オニオンだった。


 ――厨房から拝借して参りました。


 次元を移動できる彼にとって、朝飯前ということだろう(城の中だけど)。

 わたしはオニオンを手に取った。覚醒して初めて使う魔法だ。なんだかわくわくする。


「エジプトの女神イシス、力をお貸しください。黒い力を浄化し、この傷を治してください」


 オニオンから溢れる力と自分の内部から何かが噴き出してくる。

 目が燃えているのだろうかと思うほどカッと熱くなった後、細胞の一つひとつが再生していくのが分かった。


 ――ついでにそのナリも元に戻した方がよろしいかと。


 カオスがぼそっと言った。

 わたしは彼を軽く睨んで、笑った。

 魔法は頭の中で描いただけで発動しているようだ。

 魔力がわたしを丸ごと取り込み、みるみる再生されていく。


 皮膚が変化し、髪の毛も伸びていく。目の色もおそらく変わっただろう。爪が滑らかに光り、内臓も丈夫になっている気がする。


 わたしは笑いたくなった。

 傷だらけの鋼の足はやわな足に戻ってしまったけれど、それがわたし《アニス》なのだから仕方ない。

 自分が変化したのがはっきり分かった。

 その時、部屋全体を有り余った魔力が外へと放出された。


「今のは…」


 わたしは少し不安になった。復活したのが誰かに分かってしまっただろうか。

 旅の途中、ジョーンズは言っていた。

 魔法の痕跡が残ってはいけない、と。


 その時、ドアを激しくノックする音がした。


「マーサッ、マーサ、何かあったのかっ」


 ジョーンズだ。彼は魔力を感じたのだ。



 隠しても仕方がない。

 わたしはごくりと喉を鳴らして、魔法でドアを解除した。ドアが開いてジョーンズが飛び込んでくる。


「マーサっ。あっ」


 部屋の中にたたずむわたしを見て、ジョーンズは唖然と口を開けた。


「アニス? まさか、本当に君なのか?」


 茫然と言いながら、ゆっくりと足を踏み入れた。


「ジョーンズ…」

「アニス…」


 ジョーンズが静かに近づいて来る。そして、わたしの髪の毛に触れた。彼を見上げながら、わたしは唇を噛みしめた。


「ごめんなさい、わたし…」


 ジョーンズがそれ以上言わせないように、わたしの肩をつかんだ。そして、周りにいるたくさんの妖精たちを睨みつけると、再びわたしを見た。


「アニス…」


 そう言ったきり黙りこんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る