第17話 魔女の覚醒



 口に含んだラリーサの宝石が舌の上で溶けていく。

 力が戻って来ている気がした。

 すると、手の中の羽が少し大きくなった。


 ライラが静かに言った。


 ――ババロン、姿を現すのです。


 ババロン。どこかで聞いたことがある気がする。


 わたしは閉じそうになる目をこじ開けて、ライラを睨んでいた。

 ライラの腕の中で、ラリーサが泣きそうな顔でわたしを見ている。


 ラリーサ。


 ラリーサにこんな姿を見せるなんて、なんて、卑劣な妖精なのだろう。


 わたしは怒りのあまり無我夢中で立ち上がった。胸に刺さった短剣を抜いて、ライラに突き付ける。

 ライラの澄ました顔がギョッとした。


 気がつくと、誰かが共にわたしの手を支えていた。もうひとつの手が一緒に短剣を握っている。

 横を見ると、ふわふわの巻き毛の小さな可愛い妖精が立っていた。ピンク色の羽を広げ、温かい手をしていた。


 ――アニス王女。ご無事だったのですね。


 彼女は涙ぐんで、わたしを見つめている。


 わたしは彼女の顔を見たことがあると思った。そして、その後ろに金色に光る花がチラチラと舞っているのが見えた。


 ミモザの花だ。


「ミモザ…」


 呟くと、ピンクの妖精が頷いた。


 ――そうです。ミモザがわたしの代わりに魔法陣を張ってくれました。

「でも、ミモザはわたしが殺して…」

 ――ローズ姫の復活の呪文によって、彼は召喚されました。ミモザはあなたの使い魔として甦りました。

「嘘でしょう」


 信じられない。そんな都合のいい事が起こるはずがない。

 ピンクの妖精は言った。


 ――アニス王女、わたしを思い出してください。あなたの妖精です。


 わたしはピンクの妖精を見つめた。

 炎上する扉、そして、死にかけのわたしを抱きしめてかばってくれた妖精。

 火の燃え盛る中を飛び続けた妖精。ババロン。


「ババロン…」

 ――ええ、そうです。わたしはババロン。あなたは紛れもなく、アニス王女なのです。


 ババロンの言葉を聞いて、わたしは全てを思い出した。

 わたしはアニスだ。


 山奥まで逃げ伸びたわたしたちを救ってくれた妖精がもう一人いる。

 わたしはあの最後の日を思い出し始めていた。


「四番目の妖精、カオス」


 彼の名前を呼ぶと透明の妖精が姿を現した。

 背が高い彼は、ピンクの妖精、ババロンを優しく見つめていた。

 主人であるわたしの顔など見向きもしない。


「あなた、わたしとずっと一緒にいたのね?」


 呆気に取られてカオスに言うと、彼は答えずにババロンしか見ていない。

 ババロンとカオスは見つめ合っている。

 少ししてから、わたしの質問に頷いた。


 ――ええ。


 カオスが恥ずかしそうに目を伏せた。


 ――俺は、ババロンを失いたくなかったものでね。


 ぽつりと呟くと、ババロンの顔がくしゃりと歪んで泣きだした。

 カオスが彼女に近づき、そっとその肩を撫でた。


 ライラが息をついて首を横に小さく振るのを見て、わたしは初めて、彼女を許してやろうと思った。

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