第16話 ジョーンズの過ち



 ジョーンズの苦しそうな顔が目の前にある。

 わたしは体から血の気が引いた。

 何を……考えているの?


「傷つけはしない。ライラが……、もし、君が本当にアニスであれば、僕と一つになれば元の姿に戻るだろうと言っていた」


 わたしは驚きのあまり、意識を失いそうになった。

 では、彼はこれからわたしを凌辱りょうじょくするつもりなのだ。


「アニスを愛しているのなら…ジョーンズ、お願いよ、やめて。わたしはアニスじゃないの。あなたはきっと後悔するわ」

「アニス…」


 ジョーンズは呟くように言って、わたしから離れると身体を丸めた。

 大きな背中がみじめに震える。

 泣いているのだろうか。


「君はどこにいるんだい? 僕は、君に振り回されてばかりいる」


 悄然とした背中を見て、抱きしめてあげたかった。


「ジョーンズ、紐をほどいて」


 ジョーンズは、すっと手を上げて魔法の力で紐を解いた。だが、こちらを見ようともしない。

 彼はひどく傷ついていた。

 わたしは起き上がり、そっと彼の背中を撫でた。

 ジョーンズが顔を上げて、すまない、と小さく言った。


「僕の民が君にひどい事をした。恐ろしい目に合わせて、どう償えばいいのか分からない」


 わたしは思わず笑ってしまった。


「どうして笑うんだ」

「だって、あなたはわたしを凌辱しようとしたのよ」

「本当だ。僕は…」


 ジョーンズはもう何も言わなかった。


「ねえ、アニスを探しましょう」

「え?」

「あなたはアニスを探しているのでしょう。わたしは行くところなどないし、あなたと一緒にアニスを探すわ」

「君は本当にアニスじゃないのか?」

「わたしには分かる。わたしはアニスじゃない」


 ジョーンズはじっとわたしを見つめていた。


「少し、考えさせてくれ」


 ふい、とジョーンズは部屋を出て行こうと立ち上がった。


 何か間違ったことを言ったのだろうか。追いかけて仲直りしたかった。それに、ラリーサがどうなったのか、気がかりだった。


「ジョーンズ、待ってっ」


 ドアが閉まる前に叫ぶとジョーンズがちらりと振り向いた。


「ラリーサは? 赤ん坊はお母さんに会えたの?」

「いや、ラベンダーとはまだ連絡が取れていない」

「そんな…!」


 わたしは口を押さえた。


「ラリーサに合わせて、一緒にいてあげたいの」

「分かった」


 ジョーンズはそう言うと、ドアを閉めた。




 ジョーンズが出て行ってしまい、心配で部屋の中を行ったり来たりしていると、ドアをノックする音がした。

 わたしは走ってドアを開けると、白い手がぬっと現れた。


「あっ」


 ライラが、ラリーサを抱いて中へ入って来た。

 ライラはわたしを頭からつま先までじろじろ見つめた。

 わたしは声を発することができず、ただ、ライラをにらみ返した。


 ――魔力が戻っていないようですね。


「え?」


 ――ラリーサ、その羽をこの娘に返すのです。


 ライラが、ラリーサに命令をする。

 腕の中でもぞもぞしていたラリーサは、小さな手をそっと差し出した。

 ラリーサに渡した羽は一枚だったのに、なぜか、彼女は妖精の羽を二つ握っていた。


「二つ…? なぜ?」

 ――それを受け取りなさい。


 命令されて、抗えなかった。

 手に持つと羽が光ったが、何も変化がないのを見て、ライラがため息をついた。


 ――もっと痛めつけないと、あなたの魔力は戻らないのね。


 そう言うなり、ライラが手を上げた。

 彼女の手には短剣が握られていた。スッと伸ばした短剣の先にはわたしの胸があり、あっと叫んだ時には、胸を突き刺されていた。


「何を…」


 がくりと膝が折れる。

 見上げると、ライラが肩をすくめた。


 ――さっきはごめんなさいね。ひどい目に合わせて。でも、まだ足りないみたいだから。


 飄々とした顔で言う。

 苦しくて息ができない。それどころか、意識が朦朧としてきた。

 わたしは、大人の姿のラリーサからもらった涙の宝石を口に含んだ。


 ――そうよ、命をつなぎとめるのよ。


 ライラが冷たい声で囁く。

 わたしは歯を食いしばりライラを睨みつけた。

 わたしを殺そうとしている妖精は何食わぬ顔で見下ろしている。


「あなたを許さないから…」

 ――それはご遠慮するわ。あなたには太刀打ちできないから。


 ライラがわたしを見下ろして言った。

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