第15話 ラリーサの干渉




 ラリーサっ。


 無意識に彼女の名前を呼んだ。

 その時、先ほど握りしめていた光がぱあっと輝いて、それに気付いた魔物が振り向いた。

 

 金髪の少女は怒ったような顔をしており、魔物に向かってさっと手を振り上げた。すると、わたしを抑え込んでいた黒い魔物が次の瞬間、消滅していた。


 壁から解放されたわたしは床に崩れ落ちた。


 ――マーサ。もう、大丈夫よ。


 優しい声が耳に届く。指を動かすと、少女がわたしの手を握りしめてくれていた。


 ――かわいそうに。

 ――ラリーサ様、ダメです。干渉してはなりません。


 光が言った。

 しかし、少女は首を振った。


 ――このままでは死んでしまうわ。

 ――それが彼女の運命ならば仕方ないでしょう。

 ――彼女に罪はないわ。なぜ、こんな辛い思いをしなくてはいけないの?


 少女がわたしの頭を優しく撫でくれる。


「離れないで…」


 わたしは少女にすがった。少女はわたしを抱きしめた。


 ――ああ、マーサ。


 少女の流した涙が結晶となり、ころころと床に転がった。美しい宝石のようだ。少女はそれを手に取って、わたしの手に握らせた。


 ――ラリーサ様っ。

 ――何か役にたつ時が来るかもしれない。わたしだと思ってお守りにしてね。


 少女はわたしの頬にキスをすると、すっと消えた。


「行かないで…」


 わたしは薄れる意識の中、呟いた。



 目を覚ますと、眼帯が巻かれていた。


 まぶしさに目を細める。

 ここはどこだろう。部屋の様子を見ているうちに、目が慣れてきた。

 石の牢屋にいたのに、今はふかふかのベッドで寝かされていた。

 洋服も白い寝間着に変わっている。絹でできた寝間着は滑らかだった。


 わたしは混乱した。

 何が起きているのだろう。その時、何かを握りしめていることに気付いた。

 強く握りしめていたのか、それともまだ恐怖で震えていたのか、自分の手なのに、なかなか開くことができなかった。

 片手を使って指をひとつひとつ解いていくと、手のひらに水晶のように美しく丸い宝石があった。


「ラリーサ…」


 わたしの唯一の味方。

 助けてくれた大事な人。

 握りしめると涙が出た。


 ここにいたくない。


 これ以上ここにいると、どんなひどいことをされるか分からない。

 わたしは涙をぬぐって、ここを出ようと考えた。

 きっと、ジョーンズが助けてくれたのだと思う。けれど、わたしはアニスではないのだ。

 ジョーンズは、まだわたしをアニスだと思っているのだろうか。


 胸が痛んだが、一刻も早くここを出よう。

 わたしは身体を起こしてベッドから出た。ドアノブに手をかけると、ドアがひとりでに開いた。

 あっと小さく悲鳴を上げて、わたしはベッドのふちまで逃げた。


 入って来たのは、ジョーンズだった。

 ジョーンズは一瞬、目を見開いた。わたしが起きていることに驚いたようだった。

 彼は痛ましげにわたしを見て顔を伏せた。


「すまない、アニス」


 その言葉を聞いて、鳥肌が立った。


「アニスじゃないっ」


 ジョーンズは苦痛そうに唇を噛みしめた。


「君はアニスだ。でなければ、殺される」

「ジョーンズっ」


 わたしは首を振った。


「他の人の身代りなんて、嫌よっ」

「僕は分かるんだ。君がアニスだと。ライラは違うと言うが、君はアニスで代わりなんていないんだ」


 ジョーンズは頭がどうかしている。

 わたしはベッドに上がると、膝を抱えて顔をうずめた。


「見ないで、あっちへ行って。一人にして」

「それはできない」


 ジョーンズの声が間近で聞こえた。ドキッとして顔を上げると、彼が目の前にいた。

 顔が熱くなる。


「近づかないで」


 ジョーンズは顔を振った。瞳にわたしの姿が映った。


 眼帯をした歯抜けのざっくばらんの髪を持つ、妖精に化け物と呼ばれた女。

 ジョーンズを撥ね退けようとしたが、彼の体は頑丈でびくともしなかった。

 手首をつかまれる。


「何を…」


 わたしは抵抗できず吸い込まれるように、ジョーンズの青い瞳を見つめた。


「すまない、アニス。僕は君と結婚しなくてはならない」


 何を言っているのだろう。

 ジョーンズの言葉が理解できなかった。すると、わたしはいつの間にか彼の魔法で力を抑え込まれ、ベッドの支柱に両手をガウンの腰紐で縛られていた。

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