第11話 ひとときの休息



 旅支度を整えたわたしたちは宿を探すことにした。

 ジョーンズは中級の宿を選んだ。あまりに低い宿だと物取りなどが出るという。

 部屋は3人とも一緒だ。

 ラリーサのためだと、わたしは自分に言い聞かせた。

 部屋へ行く前に食事を取ることにした。

 ここ数日、まともに物を食べていなかった。


 ジョーンズは、ジャガイモのスープと合鴨の燻製、そして、ライ麦のパンを二人分注文した。

 わたしは少しでも足しにしてもらおうと、ポケットからお金を出して渡した。お金を見て、ジョーンズが顔を険しくさせた。


「これは?」


 わたしは盗んだのではないことを証明するために、かぶっていたフードを脱いだ。ジョーンズがわたしを見て息を呑んだ。


「髪の毛が…」


 少年よりも短い髪で驚いたのだろうか。わたしにとって髪など邪魔になるだけだ。


「売ったの。すぐに伸びるわ」

「こんなに綺麗な髪を…」

「大した額ではないけれど、わたしなんかにお金を使うなんてもったいないわ」


 ジョーンズはお金を強く握りしめた。


「……ありがとう。大切にするよ。けれど、君はもっと自分を大事にして欲しい。今後、こんな事はしないでくれ、頼むよ」


 うれしくなかったのだろうか。

 わたしは小さく頷いた。

 もっと喜んでくれると思ったのに、少しさみしかった。

 テーブルに食事が並んで、そのごちそうを見た途端、暗い気持ちが全部吹っ飛んだ。


「おいしそう」


 スプーンを手に取り、ジャガイモのスープを味わう。ちょっぴりスパイスの効いたスープにほっぺたが落ちそうだ。

 ゆっくりと味わって飲んでから、燻製も少しずつ食べた。付け合わせのスクランブルエッグも新鮮でおいしい。

 ジョーンズはあっという間に平らげたが、わたしはとにかくゆっくりと食べた。

 次があるかどうかも分からないから、全てが楽しかった。

 ラリーサは他の人たちに見られないように、ジョーンズの腕の中で静かに眠っている。

 ラリーサのミルクは、あとで部屋に戻ってこっそりと与えることにした。


 食事を終えて部屋へ入ると、ラリーサはぱちっと目を覚まして、ジョーンズの指をしゃぶりだした。わたしがミルクを持っていくと、上手にカップを持ちごくごくと飲み始めた。食事だけは一人でできるように教わっていたようだ。

 お腹が満たされて、ラリーサはすぐに寝てしまった。


「マーサも横になるといい、僕は起きているから」

「わたしは寝なくてもいいの」


 目はぱっちりと冴えていた。ひもじい夜に慣れてしまって、一時間ほどしか寝なくても平気だった。


「夕べも寝ていないだろう」


 ジョーンズがしきりに勧めるので、わたしはしぶしぶベッドに横になった。ラリーサを自分の方へ抱き寄せる。赤ん坊はミルクの匂いがしていた。目を閉じるとすぐに眠くなった。


 それからどれくらいたったか分からないが、目を開けると部屋の中は真っ暗だった。

 ジョーンズの寝息が聞こえた。ラリーサを起こさぬよう体を起こした。

 ジョーンズは、もうひとつのベッドでぐっすりと寝ていた。長い脚がはみ出ている。

 無防備な顔をじっと見る。口髭でよくわからないが、きっとこの青い瞳の男性はとってもハンサムなのだろう。柔らかそうな黒髪は伸びてぼさぼさだが、彼の物腰には品があった。


 ジョーンズを見つめていて、ふと、彼についてほとんど何も知らない事に気付いた。


 奴隷は余計な詮索をしてはならない。


 わたしは思考を止めた。しかし、グリモワールが心の内を書け! と叫んでいる。


 わたしはグリモワールを引き寄せて書き始めた。

 次から次へと言葉が溢れだす。ラリーサのことを書いて、ジョーンズの事、ひげの一本一本まで描写するように書いてから、はっと視線を感じた。

 ジョーンズがいつの間にか起きて、こちらを見ていた。


「楽しそうだ。表情が生き生きしていて、見ているこちらもうれしくなる」

「うるさかった?」


 ペンの音がうるさかっただろうか。

 ジョーンズは首を振った。


「そうじゃない」


 ジョーンズは体を起こして、大きく伸びをした。


「だいぶ夜も明けた。そろそろ出発しよう」


 わたしは自分の体に力がみなぎっていることを感じていた。お腹も一杯になり、眠ることもできて爽快な気分だった。

 カバンにグリモワールをしまって肩にかけた。


「いつでも出発できるわ」


 魔法が使えたら、きっと一瞬で目的地へ行けるのだろう。けれどジョーンズはあえて魔法なしで進んでいく。それだけリスクが大きいのだろう。

 わたしはまだ見えない相手の力が分かっていなかった。

 敵はどんな姿をしていて、どれくらいの数なのか、全然分からない。けれど、負けたくない。守りたいものがあると、強くなれるような気がした。

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