第9話 花嫁にはなれない


 ジョーンズが呆れた顔をしている。

 分かってる。

 自分が生意気で可愛くないって。

 そして、あなたの花嫁になれないことは、誰よりも自分が良く知っている。

 どうして、ジョーンズは気がつかないのだろう。


「どうやってラベンダーたちと連絡を取るか」


 ジョーンズが唸った。


「魔法を使うと痕跡が残るから、できれば使いたくない」

「妖精の王と女王なら目立つんじゃないの? 二人が通った後を追いかけるとか」

「ふたりはきっと秘密裏に動いていると思う。妖精の王が来たなんて、各村に知れたらお祭りパレードが開かれるだろうからね」


 どうやら、わたしが想像している妖精とは違うのかもしれない。

 妖精の王は派手好きで残虐なイメージがあったが、そうではないらしい。

 わたしは妖精の羽を取り出した。


 羽は光っていない。

 この羽はラリーサに危険が迫ると光るのか、それとも別の意味があるのだろうか。


「この羽がラリーサを守ってくれたわ」

「そのようだね」


 ジョーンズの声が疲れていた。


「魔法をたくさん使ったから少し疲れた。ここで少し休憩をとったら出発しよう」


 そう言いながら体を横たえた。


「ジョーンズ?」


 ジョーンズはすでに寝入っていた。

 なんだか顔色が悪い。

 本当に彼はケガをしていないのだろうか。


 不安になって体を触ってみる。厚い筋肉に覆われた硬い体をしていた。

 どうやらただ単に疲れただけのようだった。

 わたしは眠る気にもなれず、ラリーサを抱いて優しくゆすりながら歌を歌った。


 歌は自然と口から出てきた。

 でも、もう一度歌えと言われたら無理だ。

 知らない歌だけど、この場所とこの土地がラリーサを歓迎して歌わせたのだろう。

 流れ星を数えていたら、ジョーンズが目を覚ました。

 彼は言った通り、少しだけ横になっていた。

 ジョーンズは、起きているわたしを見て目をぱちぱちさせた。


「寝なかったのかい?」

「だって、見張りがいないもの」

「エヴァンジェリンは僕の使い魔だ。何かあればしらせてくれる」


 美少女は使い魔だったのか。

 もうひとつの驚きだった。

 グリモワールに書くべきことがたくさんある。


 わたしはワクワクした。

 にこっと笑うと、欠けた前歯からスースーとみっともないくらいの空気が漏れた。

 突然、ラリーサが目を覚ましてわたしの顔を見て笑った。


「あら、笑っている」


 この化け物みたいな顔を怖がらないなんて、なんて素晴らしい赤ちゃんだろう。

 わたしはラリーサの汚れた髪を早く綺麗にしてあげたかった。


「この子を洗って綺麗にしてあげたいわ」


 わたしの意見にジョーンズがわたしの体を上から下までじっと見て、苦笑いする。


「奇遇だね。僕も同じことを考えてた」


 わたしの事を指しているんだとハッとして、ジョーンズの肩を小突いた。

 立ち上がって次の宿を目指す。

 向かう方角は北だ。

 これからは、情報を得てラベンダーたちを探すつもりだ。


 わたしはジョーンズにラリーサを預けると、裸足で再び走りだした。

 わたしは靴を履いたことがない。だから足は鋼のように丈夫だ。

 妖精の羽はラリーサに持たせた。

 この羽はきっとラリーサを守ってくれる。

 しばらく走ると白々と夜が明け、朝日が昇ってきた。

 その頃、わたしたちは沼のほとりを進んでいた。明るくてよかった。もし、足を取られたら大変なことになっていただろう。沼は異様な雰囲気だ。

 何も起きませんように、と祈らずにいられなかった。こう次々と何か起きてはたまらない。

 ジョーンズが馬上から何か差し出した。


「マーサ、お食べ」


 もらったのは干しブドウだった。口に入れて、溶けてなくなるまでずっと口の中に含んでいた。

 甘酸っぱさとブドウの匂いが気持ちを和やかにしてくれる。長く口の中で味わって、ちょっとずつ呑みこんだ。


「ありがとう。とてもおいしかったわ」

「少ししかなくて、ごめん」


 ジョーンズは食べていないようだった。

 わたしはびっくりした。


「なぜ、謝るの?」

「君をひもじい思いにさせている」

「わたしは幸せよ。自由だもの」


 本心だった。こんなに走りまわることができて、これ以上の幸せはない。


「わたしを解放してくれて、ありがとう」


 わたしは自分の顔が醜い事を知っている。けれど、ラリーサが笑顔になるなら、変な顔をいくつもしてあげる。

 にこっと笑い、走り続けた。

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