第6話 女の子の贈り物


 約束通り、ジョーンズはインク壺とキジの羽ペンを買ってきてくれた。


 美しい羽ペンとインク壺を見た時、うれしさのあまり、息が止まりそうだった。

 キジの羽ペンはとても軽くて、グリモワールの紙質とよくなじんだ。


 わたしは、ジョーンズの名前を書いた。

 彼は魔法使いであること、そして、魔法使いなのに、魔法を使ってはいけないこと。

 時々、現れる美少女のことも書いた。


 わたしと結婚するという馬鹿げた空想も書いた。

 そして、自分とジョーンズの背恰好を比較した。

 それらを全部書いてから、まるでおとぎ話のようだと思った。


 けれど、グリモワールには真実を記さねばならない。

 言い忘れたけど、グリモワールの最初のページには記し書きがあった。


 ――あなたが頭で思ったこと書きたいこと。

 ありのままを書きなさい――


 わたしはそれに従う。

 今のわたしにできることは記録なのだ。

 幸い、わたしは字が書けた。

 

 夕べ、何を食べてどこで寝たか、単語も言葉の意味も知っていた。

 時間の許す限りわたしは書き続けた。


 早朝、宿を出発する時、女の子がこっそりと羽をくれた。

 とても美しい羽だったが、鳥の羽ではなかった。

 妖精の羽だと彼女は教えてくれた。


 透明の昆虫の羽のように細かい筋が入った美しい羽は、昔、この辺りにいた妖精の羽だそうで、その妖精は死んでしまったという。

 手のひらよりも小さくて、薄い丈夫な羽をわたしはグリモワールに挟んで栞の代わりにした。

 ジョーンズは、宿を提供してくれた親子にお金を払って、わたしたちはそこを出た。


 まだ、日が昇る前で、昨日からまだ一日しか過ぎていないと気付いた。

 カッシアに行くには数日かかる、とジョーンズは言っていた。


 ジョーンズは、わたしをマーサと呼んだ。

 アニスと呼ぶのは諦めたらしい。

 マーサ。


 マーサって誰? 

 尋ねると、彼はすぐに教えてくれた。


 マーサは、僕の乳母の名前だ。

 ありふれた名だろ、と笑った。

 そして、彼が乳母に育てられるようなお金持ちであることを知った。


 わたしたちは来る日も走り続けた。

 時々、動物が死んでいるのを見た。

 ジョーンズはそのたびに立ち止り、大きな穴を掘って土をかぶせた。


 わたしもこの命が尽きた時、この人なら土に還してくれるかもしれない、と思った。

 土を掘るのは大変な作業だったが、皆、ここへ還るのだと思うと苦ではなかった。


 何事もなく三日が過ぎた。

 わたしは相変わらず口を聞かず、納屋で眠った。

 ジョーンズも無理強いはしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る