第2話 新しい仕事


 仕事を始めて数日、ようやく体が慣れたところで呼び出された。

 新たに仕事を増やすそうだ。

 新しい仕事はちょっと変わっていた。


 屋敷の一室の暖炉の燃えカスから、何かの骨を取り出す作業だった。

 強烈な臭い、硬い骨、脆い部分、大きさもバラバラで何の獣か分からない。

 しかし、骨拾いは毎日じゃなかった。時々だったり、まれに一日に二、三回だったりもする。


 ある日、それが人骨であると気付いた。

 これは獣の脚じゃない。

 人間の五本指だった。

 わたしは震える手でそれらを片付けて地上へ埋めた。


 なんてひどい事をするのだろう。


 祈りを捧げて死者の冥福を祈る。

 これまでも獣たちに対して同じように祈りを捧げてきたが、同じ人間であると気付いた時は気の毒でたまらなかった。


 ここ数年、世界は崩壊へと向かっている。

 黒い騎士団。

 闇の支配者。


 それに立ち向かう白の魔法使い。


 光と闇の戦いがずっと続いている。

 きっと、この暖炉の骨はその戦いに敗れた人たちに違いない。

 でも、人間を暖炉で燃やすだろうか。


 その時、背後から誰かに見られている気がした。

 わたしは振り向いて気配をさぐった。

 後ろには立派な机があり、本が置いてあった。


 近づいて、本を見つめる。

 何の装飾もないただの本だ。手にとってページを開く。中は真っ白だ。

 何て綺麗な本だろう。

 清らかな匂いがする。

 思わず匂いを嗅ぐと、表紙に文字が現れた。


「わっ」


 びっくりして本を取り落とす。本はぴくりとも動かない。

 もう一度、そっと手に取った。何の反応もない。ただの本だ。

 しかし、さっきまで真っ白だった本にタイトルが浮き出てきた。


 ――グリモワール。


 グリモワール。


 声に出してみると、魔法のような気がした。

 そうだ。これは魔法の本だ。

 だって、さっきまで何もなかったもの。


 わたしはグリモワールをそっと撫でてみた。その時、ドアが開いて、わたしを買ったメイド頭が入って来た。

 わたしはあまりの事で本を机に戻すのを忘れた。てっきり叱られると思ったが、メイド頭は別のことを言った。


「仕事はすんだのか? 水汲みをするんだよ。急ぎな」


 本を持ったままなのに、部屋を追いたてられる。


 もしかして、この本が見えていない?

 ということは、これは存在していない? 

 だったら、これはわたしの物でいいんだ。


 勝手に思い込み、本を抱き締めた。

 わたしはあまりの嬉しさに飛び跳ねたい気持ちだった。

 生まれて初めて自分の物ができた。

 何という幸福感。



 仕事を終えて、納屋へ戻る。

 すぐさま隠しておいた本を手に取った。

 明かりのない納屋で、月明かりが照らす中、ページを開くと文字が浮き出た。


 ――思うままに私を書いて。


 何てことだろう。


 正真正銘、魔法の本だ。

 だが、思うままに書いて、とあるがペンがない。

 ペンを手に入れなくては。

 その夜、わたしはグリモワールを胸に抱いて眠った。

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