第30話 小さな狩猟者《ハンター》は褒めてほしい。
「やっ…今は…来ないで…ごめんねっ…はるちゃ…。」
「はるっ…そこにいなさいっ…そんで、それ、離すんだ、ゆっくりでいいから…こっちに来るんじゃなくて…。」
『なぁう…。』
「「わーっ…。」」
…
俺たちは、寝る前の挨拶を済ませ、別々の部屋で眠りについた…はずだった。
ほのかの部屋は、昔ばあちゃんが使ってた部屋で、ハルが泊まりに来た時なんかも、使っている部屋だ。まぁ、あいつの場合は、喋りたくてしょうがなくて、結局、俺の部屋まで布団持ってきて寝落ちするまでしゃべり倒したりすることも多いのだけれど…ともかくその部屋で、ほのかの声と物音がし始めて、最終的には俺を呼ぶ声まで聞こえてくるので、なにごとかと部屋をノックすると、中から半泣きのほのかが出てきた。
「どしたの、ほのか…。」
「みっ…ミチさぁんっ…バッタ!バッタがいる!」
腕の中まで飛び込んできたほのかは俺を見上げてそう言った。…近い…近いですけど…。
「え…は…?バッタ?…どこ…?」
「あそこっ…あそこにいるなんかおっきいの!動いた、ひゃぁっ…。」
目を凝らすと、壁と畳の間、絶妙な位置にそいつはいた。俺もあんまり得意じゃないけど、そうも言ってられないか…。
「バッタなんて、なんでこんなとこに…あぁ、裏庭からか…換気した時に入ったのか…。うーんと、窓、この雨じゃ開けらんないからとりあえず、なんか箱にでも入れて外に出すか…持ってくるから、見張ってて…。」
努めて平静を装いながら、腕の中のほのかをそっと
「えっ…やだ置いてかないで。」
剥がされそうになる手で、ほのかが俺の袖をまた
「だって、2人で居なくなったら、そのうちにどっか隠れちゃっても困るでしょ?すぐだから…。」
「うぅ…早く来てね…?」
涙目のほのかに、これ俺も掴めないやつって言ったらめちゃくちゃ絶望するんだろうな…なんて考えながら、ここは頑張るしかない、と覚悟を決める。
その時だった。
俺の部屋で寝てたはずのはるが、いつの間にかほのかの部屋に来ていて、バッタの前に躍り出る…。
バッタとはるの間に、緊張が走った…。
「「あっ…。はる、だめっ…。」」
俺とほのかの制止も虚しく、はるは颯爽とバッタをくわえ、動きを止める。
…さっすが…狩猟本能…。
…そして、今に至る。
バッタはまだ生きてるらしく、はるの口でもがいている。ってか…この描写はこれ以上は避ける。…俺も気持ち悪くなってきた。
とにもかくにも、このままはるがバッタを食べてしまわないように、まずはバッタを離さなきゃいけない。でも、離せば飛んでくる可能性も高いわけで…少なからず躊躇する。
そんなこんなしているうちに、冒頭に戻るのだ。
…結果、バッタをくわえたはるは、食べる気などさらさらなかったらしく、俺やほのかに獲物を見せようと近づいてきたが、近寄った分、俺たちが、後ずさるため、一向に縮まらない距離に、不満の鳴き声を上げたところで、バッタは逃走…そこからはもう大騒ぎだった…。
…なんとかして、捕まえたバッタは外に放し、はるは、俺とほのかに捕まえられて、口の中を猫用の歯磨きシートで拭かれまくった。
予想外の展開に、どっと疲れがでた気がする。
さて、もういいだろ、やっと寝られる…。
「…寝よっか。」
「…うん、そう…だね…でも、あの…。」
歯切れの悪いほのかの返事に顔を覗き込む。
「どしたの?」
「えっと…いや、あの、またバッタ出たりとかか…ないよね…?」
「…うーん…。絶対的保証は、ないけど…。」
「そっか…。」
あからさまにしょんぼりとするほのか…。
まぁ、でた部屋に1人で戻るのは嫌だよな…。
「あっ…そうだ。はる連れてけば?」
「えっ…。」
「出たら、また仕留めてくれるかもよ…?」
それを聞いてほのかの顔が、青ざめる。
やべ、間違えた…。あの光景は確かに二度と見たくないかも…。
ほのかを安心させる言葉はないかと考えを巡らせる。…思いつかない、だって俺もバッタ嫌いだし…。あ、そういえば…。
「まぁまぁ…ほら、バッタを家の中で見つけると、何かが前に進む前兆だとかって…ラッキーサインらしいわよ?」
…我ながら苦しい…。でも、昔、ばあちゃんに同じ事言われたのを思い出したのだ。子どもながらに嘘だろと思ったけど、そういう言い伝えみたいなものも、ほんとにあるらしい。
…そうだ、それで次の日、そのことをハルに話したら、「じゃぁ、バッタ捕まえて家で放したら、めちゃくちゃラッキーになるじゃん!」と言われて、放課後バッタ取りにつきあわされた挙げ句、うじゃうじゃと虫かごで
あれか、俺があんまりバッタ触れなくなった元凶は…。
「うーん…じゃあ、部屋交換する…?」
「ミチさんの部屋?」
「そう。」
「バッタでない…?」
「うーん…絶対に無いとは、言えないけど…。」
「でたことある?」
「……。ナイコトモナイ…。」
「…。」
沈黙するほのか。…ですよね、意味ないじゃんとか思ってますよね…。
でも、確かに頻度こそ少ないが、たまに迷い込むことは無いこともないのだ。
世の中に絶対は無い…。
長いような、短いような沈黙ののち、ほのかが意を決したように俺を見上げる。
「…ミチさん。あの…。」
…急に嫌な予感がする。でも、とりあえず先を促す。
「…なぁに?」
「ミチさんはさ、心は女の人なんだよね?」
「えっ…そっ…何急に、そっ…。」
いや、ダメだ…ほのかが何を言いたいのか、わかってしまった気がする…。待て待て待て…その先は、聞いちゃダメな気がする…。
「だったら…もしダメじゃなかったらなんだけど…あのね…。」
いやいやいやいや…聞く前からこれはダメ、ダメだと思うよ?たぶん、絶対…お願いだからその先は言わないでくれ、思いとどまってくれ…。
「うん。」
何返事してんの、俺!これ以上聞いちゃダメ!先は促したらダメだから!話をそらせ、今すぐ…!
「一緒に寝ちゃダメかな…?」
君が笑うなら、僕はなんにでもなれる、と思う。 ふらり @furarin
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