第31話 いい仕事は人じゃなくてもする時がある。
カーテンの隙間から光が差す。
昨夜の雨が、嘘のようだ。
昨日遅くまで起きてたから、身体が重い。
なんかに追っかけられるとか、真っ逆さまに落ちていくとか、そんな感じのなんかすごい夢を見てたような、疲労感…。
「えっ…夢…?」
がばっ…と音がしそうなくらい一気に起き上がり、若干くらっとする。
辺りを見回せば、いつもの俺の部屋だ。
寝る前には敷いていたはずのほのかの布団は、消えていた。
いやいや、まさかそんなことないでしょ…。
あれだけ大騒ぎして、夢でした〜ってそんな展開…。
ひとまず伸びをして、ベッドから降りる。
はるもいない。
え、全部夢…?
とりあえず、ほのかが寝る予定だった元ばあちゃんの部屋に向かう。
「…。だよなぁ…。」
そこには、ほのかの布団と、夢ではなかったと示す、大きな大きな証拠があった。
「一緒に寝ちゃ…ダメかな…?」
おずおずとそう問うほのかに、頭を抱える。
可愛い…けど、困る…。いやもう、可愛くて…困る…。
「…えっと…いや、それは…。」
どうしたらいい…どう答えてやるのが正解なんだ?!
確定でしょ、確定でダメなヤツよ、でも、断れないヤツだ、これ…。
…ほのかは…バッタが怖い。また出るかもしれないバッタに
いや、わかる、わかるよ、でも、ごめん、実は俺…なんて言える展開でもないだろ?
でも、俺、中も外も男なのよ…。
脳内で早口に俺がまくしたてる。
すんなり何事もなく「そうね〜。じゃ、そういうことでアタシ中身は女だし安心して一緒の部屋で寝ましょ。」って言えばいい…?いやいや、それはこの先の未来で男と明かすことが一切できなくなる可能性が高いルートだ…。これは、選びたくない、選んじゃいけない選択肢だ。
…でも、ここで「今まで黙ってたけど、俺は中身もやっぱり男なんだ…。」って打ち明けるとして、そうなれば、今まで抱えたいろんなもやもやした気持ちも、いっぺんに片付くと思うけど…なんなら、もう言ってしまいたい…けど、どうあがいても今晩はひとつ屋根の下に居なくちゃならない状況のほのかにとって、バッタが出た部屋で一晩過ごす以上の緊張感や不安感を与えかねない…。
打ち明けたあと、騙されていたことについて、驚くなり、怒るなり、嫌われるなり(とても悲しいが)した上で、家にすぐ帰れる状況でないと、ほのかの逃げ道がないのは可哀想だ。
とすると、残された道は…。
…答えあぐねて思案する俺の、そのほんの一瞬の思考をぶち破るように、それは起きた。
『がちゃんっ…みしっ…。』
「「えっ…。」」
考え過ぎて固まる俺と、それを
「…うわ…ガラス…嘘だろ…。」
「えっ…ヒビ?何が飛んできたの?!」
部屋に入ってすぐ、正面の窓に大きなヒビが入っていた…。
石…かな?なんか飛んできたことでガラスにぶつかって割れたらしい。一見ヒビのように見えるのは、飛散防止の防犯フィルムが貼ってあったからのようだった。貼っといて良かった…けど、ガラスは取り替えなきゃならないだろう。…今日はいろいろ壊れる…火災保険ってガラスも補償対象だっけ…。
ともかく、これで、男だの女だの言ってる場合ではないことが確定…した。
フィルムが貼ってあるとはいえ、この先のガラスの強度は保証がない。ここは、危ない。
そうなれば、他に布団を敷いて寝られる所はないのだ。俺の部屋以外…。
「もう、しょうがないわね…。布団持って移動するしかないわ…。」
努めて冷静に、こんな時でもオネエ言葉に自然となる自分に感嘆しつつ、この際、男か女かについて明らかする話はうやむやにしてしまうけど、ほのかが少しでも安心してくれる口調にはなったんじゃないかと思う。
「うん、持ってくるね。」
心なしかホッとしたような顔をしたほのかが、布団を取りに行くのについて行く。枕だけはほのかに持たせて、あとはまとめて俺の部屋に運ぶ。
「でも、もう遅いからおしゃべりとかしないですぐ寝なさいね?」
…こうなったら、一刻も早く意識を手放した方がいい。さっさと寝て、明日になってしまえばいい。
「おやすみなさい、ミチさん。」
「はい、おやすみ、ほのか。」
…その先は想像通りだ。
招き入れたはいいが、やはり気になるほのかのこと…。預かり猫とすやすや眠る女子高生と
規則的なその寝息だけが響く部屋で、しばらく虚無状態に陥って、空が
うん、なんも、無かったよ。ご想像通りですよ…。
…ほのかとはるは…どこに行ったのだろう…。
元ばあちゃんの部屋を出て、洗面所に向かう。ここにもいない。とりあえず顔を洗う。
顔をタオルで拭いたあたりで、ふいに旨そうな匂いに気づく。…キッチンか…店の厨房か…?
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