第26話 子猫預かり係りその2は、その仕事を忘れることがある。
ゴロゴロ…
…外では雷が鳴っている。
あんまり、好きな音じゃない。
文字にすれば、同じくごろごろと表現されることが多いこの子たちの喉の音とは、全く抱く感情が、違う。
「ミチさん、お風呂入っちゃったのかな…?」
お皿洗いが終わったところで、また雷が鳴り始めて、目を覚ましたはるちゃんが私の足元で鳴き始めても、ミチさんはお店の方には戻って来なかった。
ご飯はお店で作って食べたけど、お風呂はさすがにお店には無いから…事務所の奥の方、ミチさんが住んでいるスペースにあるお風呂を借りることになる。もちろん寝るのもそっちの空いてるお部屋を借りることになると思う。
私は、そっちに入ったことはなくて…軽く掃除して、お風呂いれてくる、と言いおいてここを離れたミチさんが、準備を終えてくるまでは、大人しくここにいるしかない。
自分の部屋とか掃除する前に、人を入れたくないだろうし…。
ちなみにいつも遊びに来ているお兄ちゃんは、何度も入っているらしい。
とにかく、大人しく待っていようと思っていたけど、さすがなかなか帰ってこないから、もしかしてお風呂掃除したまま、ついでに入ったりしてるのだろうか…?と思い始めた。
だとしたら、尚更そっちのスペースには勝手に出入りできないのだけど…。
「ミチさん、遅いねぇ…。」
抱き上げられ、私の腕にすっぽりとはまっているはるちゃんに声をかける。
雷の音は少し落ち着いたからなのか、それとも抱かれているからなのか、はるちゃんはすっかり大人しくなった。
私が覗き込むと、私の顔に鼻を近づけてふんふんと鼻を鳴らしたきり、またそっぽを向いて脱力している。
『バタンッ…。』
遠くで扉が、閉まる音がした気がする。裏の出入り口の方だ。誰か…きた…?
「ミチさん…?…誰か…きたのかな…?」
はるちゃんを抱きながら、音のした方に向かう。
お店は閉めているから、出入口はここひとつ。こんな雨の中、店のお客さんが入ってくるわけないし、ましてや鍵はさっき閉めたはず。
お兄ちゃん…はお母さんのとこに行ってるからどうしたって戻ってくるはずないし、もしかして、泥棒…?
はるちゃんをつぶさないように気をつけながら、でも、力が入ってしまう。
廊下に出ても、誰もいない。
誰もどころか、ミチさんがいる気配もない。
ミチさんが、外に出ていったの?
お店の看板とか外にあるものは全部しまってあったし、倒れたものや飛んだものもないはず。なんで…?
出入口のドアに、何か貼ってあることに気づく。
近づいたその時だった。
ゴロゴロ…ピシャァンッ…。
「やぁっ…。」
はるちゃんを抱く手を思わず離して、耳を覆ってしまった。
…そのくらい、大きな音だった。
慌ててはるちゃんを見ると、はるちゃんは私の服にしがみついてぶら下がっていた。
「危なかった、ごめんね。」
ぶら下がっているはるちゃんをもう一度抱きかかえたその時だった。
バチンッ…。
なんとも言えない音と同時にあたりが真っ暗になる。
「え、や、何…?」
電気が消え…停電…?
『にゃあ…。』
はるちゃんの声で我に返る。こういう時って、どうして人は固まるのだろう。
暗闇の中、外の雨で窓からも光は入らない。
こんなにも暗いものなの…?
はるちゃんのあったかさだけが、唯一の救いだった。
雨音だけが、響く。
ミチさんがいれば、声がするはず。
でも、なんにも聞こえない。
…ミチさんは、やっぱりいないのだ。
気を取り直す。もしかしたら、お風呂に入ってて出てこれないのかもしれない。
「ミチさーん!」
ひとまずダメもとで呼んでみる。
…やっぱり、返事…ない。
「あ、スマホ…。」
懐中電灯代わりに、ひとまずドアにあった紙を確かめよう。
「え、うそっ…。」
片手にはるちゃんを抱きながら、上着のポケットに入れてたスマホを取り出した。
センサーに触れても、画面は黒いままだ。
暗闇の中、手探りで触り続けても、一向に光はない。
「壊れちゃった…?あ、充電…。」
昨日寝る前に充電したはずが、上手く充電器に入ってなくて、充電できていなかったことを思い出す。その後日中はなんとか持っていたが、夜になって完全に切れてしまったのだ。
「…こんな時にっ…。」
終わりのわからない、光の無い空間で、自分のできることは何もない、と思うと急激に心細くなる。雨と風はどんどん強くなっている。がさっ…とかガタガタとか、いろんな音がする。
…そして、ミチさんは何故かだかいないのだ。
「大丈夫…だいじょぶだからね…。」
はるちゃんに声をかけ、自分自身にもそう思わせる。
「なんで…どこ、行ったの…?ミチさん…。」
なんか…急に涙がこぼれてきた。
雨の日は…嫌い。
暗いのも…嫌い。
心細いのは…もっと…嫌い。
「ミチさん…ミチさん…。」
こんな時でもなんか思いつければいいのに…。
ミチさんがいないってだけで、もう、何ができるのかわかんない。
うずくまるしかない私は、出入口の床に座って、ただただ、はるちゃんを抱きしめる。
ガチャッ…。
パッ…。
…光と音が同時に差し込む。
「へっ…?」
顔を上げると、そこにはずぶ濡れの、ミチさんが立っていて、驚いた顔でこちらを見ていた…。
「うゎ…すっげぇ濡れた…やっぱ無謀だったかぁ〜って…ほのか?!何してんのこんなとこで…。」
私は…また、抱いていたはるちゃんを忘れて、両手を…離した。
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