第25話 器用貧乏男子は自動音声が羨ましい。



『ユハリ、シマス。』


いかにも感情の起伏のなさそうな声が響く。

当たり前だ、風呂の自動音声に感情の起伏があってたまるか。


感情の起伏に絶賛振り回され中の俺からしたら、羨ましいとも思う。

求められたことを、淡々とこなすのはとても楽だろう。…なんて、風呂から反感を買いそうなことを考えながら、風呂の準備を粛々とこなす。

普段から掃除は好きな方だし、まぁ、綺麗にしてる。だから、慌てることもない。

困るのは…着替え、なんだよな…。

下着とかは、当然無いし、服だってちょうど良さそうなのは…ないな…。


ひとっ走りコンビニまで…いけるかな?

雨は降っているけど、さっきほどじゃない。

なんか、頭冷やすにはちょうどいいか。


『ちょっとコンビニ行ってくる。』


そう書いた紙を、玄関に貼り付けて、外にでる。電話持ってるし、すぐ帰るし、行くって言えば、気を使って服とか遠慮するだろうし、さっと行ってきちゃおう。


そう思っただけだったんだけど…。


コンビニにはすぐ着いた。思ったほどの雨でも無かった。

近所で買うのも、気恥ずかしくもあるけれど、背に腹は代えられない。

Tシャツとハーフパンツと、下着と…コンビニも侮れない。意外と揃えられるもんだな。

買えなかったものは、洗濯機で乾燥もしてしまおう。


…ふいに電話が鳴る。ほのかかな?


「ミチ!ありがとな。無事に母さんと合流した。ほのか頼むな?」


電話…じゃなくてメールか。

ハルからの手短な報告に目を通す。

いろいろ言ってやりたいが、了解、とだけ返信する。


早くレジに行って、帰ろう。


…また電話がなる。


スマホの画面には鹿野遥途と表示されている。


「もしもし…?」


『あっ、ミチさん?鹿野です。』


「うん、どした?」


『はる、大丈夫そうですか?』


「あぁ、大丈夫だよ。」


『良かった。あいつ、雷嫌いなんで、もしかしたら大変かなって…まさかこんなに雨降ると思ってなかったんで、こんな時にすみません。』


「いや、いいよ。雷鳴るまではよじ登られて大変だったけど、ほのかが来てからはわりと落ち着いて…。」


…しまった。と思ったけどもう遅い。


『え、瑞田さん来てるんですか?え、この雨の中?大丈夫なんですか?帰れないでしょ?』


矢継ぎ早に質問が飛ぶ、まさか泊まりませんよね?とでも言わんばかりだ。


「…うん、バイトしに来たんだけどこの雨で店は開けられそうにないな、って言ってたら、ハルの家の事情で、帰っても家にほのか1人になるから、そのまま猫のはると一緒に預かってくれって。」


嘘は1つもないのに、なんでこんなに言い訳がましい感じになるのか…後ろめたいことは、ない…のに。


『そうなんですね〜はると一緒に預かってとか…ハルさんらしいですね。』


ふふっと笑う鹿野くんに、ハルらしいで済ませられる話か?と突っ込みたくなるが、いつの間にかめちゃくちゃハルに懐いているこいつに、それは言っても無駄なんだろうとも思う。


「ハルらしいっちゃ、らしいんだけどさ…。着替えも何もないのに、急に預けられるほのかが大変だよ。」


『瑞田さんにとっては、確かに。』


「だから、今コンビニで買い物中。はるのことは心配しなくていいぞ?早めに帰んないとまた雨ひどくなりそうだから、一旦切るぞ?すぐ帰るから、あとで、またかけなおしてもいいし…。」


『あぁ、はい。もう、用事済んだので、今晩はお邪魔しないです。』


「邪魔…?」


『はい。いい雰囲気、電話でぶち壊すとか、嫌ですし。』


「鹿野くん、あのね…。俺とほのかはそういう関係じゃ…。」


『そうですか…?それなら、いいチャンスかもですね!』


「チャンスとか、そんな余裕ないって…。」


『据え膳…でしょ?』


「ばっか!そういうことじゃねぇわ。そんな言葉どこで覚えてくんの?いいか、そういうんじゃないからな?」


思わず大声になりそうなところを、店内だからと抑えた分、びっくりするくらい早口になる。電話の先は見えないけれど、ニヤニヤしてる顔が、目に浮かぶ。


『はい、冗談です。すみません。でも、それくらい2人の空気、甘いですよ?』


「はぁ?もう、いい、切るからな?」


『はい、おやすみなさい。はるのこと、よろしくお願いします。瑞田さんのことも。』


「ほのかのことまで、よろしく頼まなくていいだろ?」


『えぇ、でも、ほら僕の可愛い後輩でもあるので…。』


「…!…はい、畏まりましたぁ…全っ力でお預かり致しますぅ。」


鹿野くん、こんなやつだっけ?!…最近懐いたあいつの影響か!!!あいつ、今度蹴り入れるくらいしてもいいよな?!


電話を切って、会計を済ませたころには、外はまたすっかり土砂降りだった。遠くで雷も鳴っている。


俺は足早に、家を目指した。

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