第20話 アルバイト女子高生はその役割に思い悩む。

「はぁ…。」


今日、何度目のため息だろう。昨日より、それは確実に数を上げている。


今日は久々のバイトの日。

…ミチさんと言い争いになって、鹿野先輩が来て、猫ちゃんが元のお家に戻って…私はもやもやとした日々を過ごしながら、家の手伝いや、学校の用事や、ミチさんのお店の家具入れ替えとか、いろんな偶然が重なって、気がつけば長いことバイトに行っていない。


唐突な展開で決定的な喧嘩にはなってない。なってないけど、釈然としない想いも、未だにくすぶっている。


ましてや、何ごともなかったような空気で、いつも通りですと過ごすには、ちょっと間が空きすぎたようにも思ってしまって…。

いや、過去のことですよ、もう忘れました、いつも通りです…って言うにはこのくらいの長さが必要だった…?どっちが良かったんだろう…。


…どっちみち、私の中でくすぶるものがある以上、いつも通りです〜っていう空気を出せそうもない、そんな気がする。かと言って蒸し返す勇気もまた、ない。


しかも、もうひとつ追い打ちをかけるかのように、お兄ちゃんの今朝の話だ。

家具の搬入を、お兄ちゃんと、なぜか鹿野先輩までもが手伝い、3人仲良くご飯を食べた…と。


なんで?私、あのお店のアルバイトなのに、手伝わせてもらえなくて、なのにお兄ちゃんと鹿野先輩はそこにいたの?

お兄ちゃんは勝手に行った、って言ってた。その行動力と自信…分けてほしい。

鹿野先輩は自転車を受け取りに行ってたまたま…だそう。

そう、それならしょうがない。しょうがないはずなの…なのに、なんでこんなにもやもやするの…?


…羨ましい。


私が男だったら、手伝わせてもらえた?

一緒にご飯食べれた?

仲良くなって楽しい時間を過ごせた?


私、なんでお兄ちゃんみたいに男に生まれなかったんだろう…。


鹿野先輩みたいに…美人でなんでもできる男の人になってたら…。


私が男だったら…


…私もミチさんに好きになってもらえるのかな…。


なんとなく思っていたことが、ふいにはっきりとした言葉に変わる。


私…やっぱり…。



「……のか?ほのか!おーい、聞こえてる?」


「へ…?」


「へ?じゃないわよ、さっきからすっごい顔してる…!」


「なっちゃん…。」


友達の声にようやく正気を取り戻す。

すごいもやもやに飲み込まれるとこだった。まだ、片足突っ込んでるのには違いないんだけど…。


「なっちゃん…じゃないよ。大丈夫?!なんかあったの…?」


「ううん、ただなんとなく、バイトに行きたくないだけ。」


「どうした?あんなにいつも楽しみに出かけてくのに…。なんかあった…?」


心底意外そうに、なっちゃんが首をかしげる。

そんななっちゃんを見て、でも、また俯く。


「なんか…なんも…ないよ?」


「ほのか、私の目をちゃんと見て…。」


俯いたことで、信じてもらえなかったみたいだ。今度は顔を上げて話す。努めて笑顔で。


「…ないよ。大丈夫、ただ久々過ぎてちょっと面倒だなってなっちゃっただけ。ほら、あの休み明けの学校みたいな…。」


「…まあ、確かにちょっとめんどいわね。」


なっちゃんがまだ怪訝な顔をしている。


「…でしょ?しかも、今日なんか雨降るんだってこれから。」


さりげなく話題を変えてしまおう。


「え、そうなの?やだな〜傘ちっちゃいのしかないや。」


「それじゃ降らないうちに帰らなきゃね。」


「ほのかはせめてバ先着くまで降らないといいね。」


なっちゃんは、何かを察したようにそれ以上は聞かないでくれることにしたみたいだ。


「だね〜。」


ほんの少しこぼしかけた愚痴を、なんとか飲み込む。それを見て見ぬふりで見守ってくれるなっちゃんは、私の苦手なこともわかって、わかったうえで、ちょっと、そっとしといてくれる。ほんとにありがたい。

うまく説明できない時も、「話したくなってからでいいよ。」と待ってくれる。


「なっちゃん、ありがとう。」


「えっ、なに?」


「んーん、なんでも。ほら、帰ろう?」


鞄を持って昇降口へ向かう。

もやもやとした気持ちと同じような雲が広がっている。これが私の中にあると思うとそれはだな。


…ミチさんに好きになってもらえるのかな…?


そんな思考をまた思い出す。


…私、ミチさんが、まだ好きなんだ。


漠然とはそう思っていた。たぶん、あの日ミチさんに助けてもらって、ミチさんを頼もしい、好きだ、と思ったと同時に明かされた心のうちと想い人…初恋の自覚と同時に失恋…でもたぶんまだその時は、こんな気持ちじゃなかった…。


ミチさんが好きで…そばにいたい。

力になりたい、喜んでほしい、笑いかけてほしい、好きになって…欲しい。


…私は、いつの間にかこんなに欲張りになっていたのか…。


「欲張り」という言葉に、少し生まれる罪悪感。


でも、どの願いも…譲れない。

お兄ちゃんだけだったら、こんな気持ちにはならなかったかな。お兄ちゃんと仲良くしてくれるなら、私は、その妹として近くにいられる。それで、なんとなく安心というか、満足してたのかも…。


それが、鹿野先輩のことで、それすら難しくなるかも…って思ったら、急に、落ち着かない気持ちになった。


…やきもち…?私…。


考えごとをしているうちに、ミチさんの店の前についてしまった。

予定通りの時間。前ならちょっと早めに裏の事務所に回って、その日あったこととか、他愛もない話をしてから仕事が始まってた。

…今日は、どうしよう…。


迷ってはみたけど、仕方ない。

普段どおりを装って、お仕事しよう。


店の裏に回ってドアノブに手をかける。


「ちょっ…ハル、やめろって…!」


…え…?お兄ちゃん…?


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