第19話 ひとたらしな兄は采配役を颯爽とこなす。



「………。」


目の前の光景に俺は絶句することしか…できない。

というか、なんでこうなった…?

何が…起きて、どうなった…?


数時間前を思い出し、どこにそんな要素があったと、探しても、探しても、みつからない。


目の前のこいつらを…どう俺は解釈したら…いい?



「みぃぢぃ〜、ごめんなぁ…俺、カノっちのこと、大好きになっちゃったぁ…。」


「みちさぁん…ずみまぜんっ…俺、ハルさんがっ…大好きですっ…ぐすっ…。」


おかしな奴その1は、おかしな奴その2と肩を組むようにして座り、部屋に入ってきた俺に、2人揃って謝り倒している。


…どういう…光景…?


時はさかのぼる。

自転車を直してたら、ハルがやってきて、カノくんがその後やってきて、予想通りにハルが地雷を踏み抜いて、変な空気になったところで、椅子とテーブルの搬入と設置をしてくれる業者が、来たんだったっけ…。


それで、3人で来る予定だった業者が、その前の搬入中に2人で足を滑らせてぎっくり腰みたいになって…ともかくこれじゃ仕事はできないと、別のスタッフに迎えに来てもらったはいいが、代わりの人は連れてこれずに、残った可哀想な1人が、苦情も椅子もテーブルも、全てを背負う覚悟でやってきたのだと言う。


「遅くなってしまった上に、搬入も時間がかかります…申し訳ありませんっ…。」


そう言って、深々とお辞儀する業者に1番最初に近寄ったのは、ハルの方だった。


「お兄さん、大変だったね〜。お兄さんは大丈夫なの?」


「えっ…あっ…はいっ!」


まさかねぎらわれるとは思ってなかったんだろう。マスク越しでも業者さんはびっくりした顔を隠しきれていなかった。


「そっか、良かったよ。お兄さんも一緒に怪我してたら、誰も来てくれなかったわけだもんな!ありがとうな!」


にかっと笑うハルに、こいつの凄いところをしみじみと思い知る。

そもそも、俺が全てするべきだったことを、こいつは颯爽とやってのけてしまう。凄いな…とほんとに…思う。


「それで、だ。こいつが椅子とかを注文した店主ね。んで、俺はトモダチ。で、カノくんは、これから時間ある?」


「「えっ…」」


俺とカノくんは同時に変な声をあげる。


「いっや、待て待て待て…お前は手伝うつもりで来てくれたんだろうけど、カノくんはそういうことで来てもらったわけじゃないんだから、いきなりそんなこと言われても困るだけだろ?、カノくんっ…ごめんな変なこと言って、気にしないでいいから…」


「あります!時間!大丈夫です!」


俺が言い終わらないうちに、カノくんが答える。馬鹿正直すぎるでしょ、このあとは用事が…すみません…とか言って良いんだよ…?


「そっか!そう言ってくれると思った!悪いけど手伝ってくれるかな?できる範囲でいいからさ。あと、カノくんは焼きそば好き?」


「はい、俺で良かったらお手伝いします!人手は多いほうが良いですよね!…って…は?焼きそば…?」


ハルがまた理由のわからない質問をして、カノくんはまた目を見開く。


「そ、焼きそば。ミチの焼きそば美味いんだ〜。あとでごちそうするな!」


「なっ…おまっ…何勝手に!それに今日店開けないから焼きそばなんて急には作れな…。」


「ほんとですかっ…?!」


ハルを黙らせる手段に思いを巡らせながら、放つ言葉を遮るように、カノくんは声をあげる。


「楽しみです!柚木さんのオムライスも美味しかったんです!また、いつか、食べたいとずっと思っていて…。」


…何この子…いい子…地雷踏んできたやつの頼みをすんなり引き受けて、俺の飯一つでこんなに目を輝かせて…。もうだめ、俺がここで死にそう…眩しい…。


「…ウン…ナンデモ…ツクルヨ…。」


緊張の糸が切れて、ほうけてた業者くんと、眩しさに目が眩んだ俺と、俺の飯に目が眩んだカノくんをハルはテキパキと役割分担し、配置につける。


そうしてあっという間に搬入を終えてしまったのだ。

カフェの雰囲気がガラッと変わる。


「へぇ〜変わるもんだなぁ〜。」


店の景色を眺め、満足そうにハルが笑う。


「あぁ、凄いな。」


「凄いなってお前が、選んだんだろ?」


「そうだけどさ、こんなにしっくりくるとは思ってなかったんだよ。」


老朽化してしまった、カフェの家具たちを取り替えるべきか、修理すべきか悩んでいた。今までの雰囲気が、ぶち壊しになってしまうかもしれないと心配したことは杞憂に終わった。新しいけど、雰囲気は引き継げている。


「ありがとな…ハル…。カノくんも…急なことでほんとにごめん、ありがとう。」


「柚木さん、ごめんはいらないです。ありがとうでも過分なくらいです。俺、楽しかったんで。」


…どこまでいい子なの…。ほんとに。


「さって…と!それじゃ作業終わり!打ち上げするぞ〜!」


業者くんまで打ち上げに誘おうとしたハルには驚いたが、業者くんもそこは弁えているらしく、まだ仕事があるとのことで帰っていった。そして、俺は、2人のリクエストに応えるべく、必要なものを買い出しに行った…。



…それで、何が…あって…こうなった…?


スーパーの袋を下げた俺の目の前には、ちょっと酔っ払ったハルと、カノくんが完全に意気投合している予想外の光景が広がっていたのだった。


「おっまえ、人が買い出しに行っているうちに勝手に酒あけんなよ。少しは待ってろ。」


「だって、もう、喉が渇いちゃってしょうがなくてさ…カノくんになけなしの麦茶あげたら、これしか他に飲めそうなもんなくてさ〜。これ俺がこないだ置いてったやつだし、いいかとか思って…。」


…確かに、失敗した。飲み物くらい置いときゃ良かった。ちょうど切らしてたけど、店開ける時でいいかとそのままでいたんだ…。


「そっかカノくんごめんな?麦茶しかなくて…。」


「だぁいじょぶです…。ミチさん、おかえりなさい。」


え、これほんとに麦茶だけ?なんか間違って飲んでない?酔っぱらいだろ…どう見ても。


「ハル…お前、酒なんか飲ませてないよな?」


「ばっか、ミチ、そんなことあるわけ無いだろ!俺だってノンアルコールビールだぞ?」


…嘘だろ?まさかの二人とも素面しらふ…?いやいやいや…おかしいだろこのテンション…。


ノンアルコールビールでも酔っぱらう奴はいる…でもハルはそこまで弱くない。でも、カノくんは、匂いで酔っぱらってんのか…?


「あぁ、わかった。もう、今から夕飯作るから!もう少し待ってろ!大人しくしとけよ?!」



「「はあい…。」」


全く…理解不能。

いつもながら、凄いとは思ってるハルの人誑ひとたらしスキルに、恐ろしさを覚えながら、ひとまず旨い飯を作ることに集中する。


2人がいなかったら、今頃まだ搬入作業をしていただろう。

感謝しなくちゃな…。ほんとに。


あたりはすっかり暗くなっている。

さぁ、旨い飯の時間だ。

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