第18話 店長は予期せぬ仲裁役から逃げてしまいたい。


「あの…こんにちは。」


…遅かった…。来ちまった…。


「…カノくん、こんにちは。」


予定時刻は3時…時間通りの来訪に、予定外なのはこの男…。


「キミがカノくんかぁ〜!ほんっと、美人だな!」


「…あの…?はじめまして…。」


ほら見ろほら見ろ…明らかに怪しい奴だろ…。初対面でいきなり容姿のこととか言うんじゃないよ、褒め言葉になるかどうかわかんねぇだろ?!


「あぁ、カノくん、いらっしゃい。」


「柚木さん、お邪魔します…すみません、お取り込み中なの知らなくて、裏まで来てしまって…あの…この方は…?」


怪訝そうな顔を一応隠そうとしつつ、でも隠しきれてないカノくんが、俺を見る。

そうよね、ちょっとやな感じだよね、俺もそう思うごめんね…。


「…ほのかの…兄貴なんだ。」


瑞田みずた真治まさはるって言います!よろしく!」


「あ、瑞田さんの…鹿野かの遥途はるみちって言います。はじめまして。」


グイグイ行くなよ…戸惑ってんじゃねぇか…。


「そっか、はじめましてだよな!ほのかからもミチからも話聞いてるから、なんかもうはじめましてって感じじゃななかったわ。」


…そりゃお前はそうだろうよ、でも、カノくんはお前のことなんか1ミリも知らねえんだよ、もうちょっと考えろ…。


「で、カノくんは?今日はどうしたの?」


普段、こんなグイグイ行く奴だっけ、こいつ…。しかも、なんで来たか知ってんのになんで聞く!?

ハルがカノくんの顔を覗き込む。

近い、近いだろ…。


「え、あの、自転車を…。」


ちょっと後ずさってんじゃないか、やめろ、もういい加減にしろ…。


「ほら、あの、猫の件のあとで、自転車置いてほのかを送ってってくれたって言ったろ?!預かってた自転車を取りに来る約束してたんだよ!それなのに、お前のほうが先にきたから…。」


「そっか、そういやあの時ほのか送ってくれたんだよな!ありがとうな!」


「え、いや、はい…そんな…。」


後ずさるカノくんにさらに近づくハルのシャツを掴んで止める。


「ハル、お前やめろって、怖がってるだろ?!」


「え、俺怖い?」


「怖いわ!でかいくせにいきなり距離つめんな!」


ようやく止まったハルに軽く蹴りを入れ、カノくんに向き直る。


「…ごめんな。ちょっとこいつシスコンこじらせてて、ほのかのことになるとちょっと、いや、だいぶおかしいんだ…。」


「何言ってんだよ、お前の方がよっぽどこじらせ…もがぁ…。」


「余計なこと、今言わなくていいぞ?真治…?」


ハルの口を塞ぎ、黙らせる。


「…ほんと、ごめんな?自転車、軽くみておいたんだ…ハンドルの方は大丈夫だったみたいで、タイヤだけだったから、直しちゃった。乗って帰れるぞ…。」


…今、俺どんな顔してんだろう…無遠慮な兄の分まで、努めて冷静に、ほのかのバ先の店長らしい笑顔を貼り付けているはず。


「えっ…パンク直してくれたってことですか?!すみません、お店の壁に突っ込んだのは俺なのに、そんなことまでしていただいて…。」


「いーよ、いーよ。俺、見てると直したくなっちゃうんだ、勝手にやっちゃってごめんな?」


「そんな、勝手だなんて、助かりました!ありがとうございます。あの、修理に必要だった部品とか、かかったお金って…俺ちゃんと部品代とか、お支払いします!」


律儀だねぇ…この子ほんといい子だ…。


「いーよ、いらないいらない。俺が好きなことしただけ。ほのかがお世話になってますってことで…。」


「でも…。」


「おい、ミチ!ほのかがお世話になってます、は俺のセリフだろ!」


「お前はもう、一旦黙れ…。」


「いーや、カノくん、いつもほのかがお世話になってます!ありがとう!でも、ほのかは渡さないからね?」


「えっ…いや、あの、お世話…というほどのことも、してませんし…あの、渡すって…。」


すっごい困ってますって顔で、カノくんはこっちを見る。ほんとごめん…。


「真治、お前もういい加減にしろ!失礼過ぎるだろ!」


「だって、心配だろ!こんな美人の先輩が近くにいたら、俺だったらもしかしたら、気になっちゃうかもしれないぞ!お前はそれでいいのか!?」


「だっ…から!」

余計なことを言うんじゃないと、あれほど…。


「あの…。」


「「ん?」」

俺達のやりとりを遮るように、カノくんが声をあげる。…声が少し、低い。


「…心配しなくても、俺は瑞田さんのことをそういう目で見たことないですし、この先もたぶん、…無いと…思います。あと、俺は別に美人ではないので、瑞田さんもそうならないと思います。」


…ほらぁ…やっぱ容姿のことは地雷じゃないか…。

明らかに怒っている…笑顔が素敵な男子高校生がいる。美人…はごめん、嫌なんだっけ、整ったお顔立ちの…笑顔って、迫力ある…。


「そっ…そっか…。って…それはそれでちょっと複雑…。」


ハルの声が小さくなる。なにしょんぼりしてんだ、よくわかんねぇことで、急に勢い失うのやめろ!いや、複雑な気持ちはすっごいわかるけど、今そこじゃねぇだろ!


あぁ、もう、もう、謝ろう、謝り倒して、自転車渡してそれで…。


『すみません!遅くなりました!』


嫌な空気を割くように元気な声がこだまする。

…なんか、既視感デジャブ…。

最近、こんなのばっかりだ…。

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