第16話 店長は先代の恩恵に感謝する。

「さてと…これで全部か。」


溜まってた洗濯ものを一気に洗って干す。

雨が上がって最高の洗濯日和だ。

幸いというか、たまたま、今日はカフェもバーも休みだから、一気に家の中を片付けてしまおう。


とは言っても、夕方からは店自体には行く予定だ。

カフェのテーブルと椅子、そしてバーの時間帯に使う高めのテーブルを業者に搬入して貰う予定だからだ。

模様替え…というほどでもないが少し雰囲気は変わるかな。配置はほとんど変わらないけど。


ちょこちょこカフェが休みだったり、バーの営業時間が遅くなったり、と商売っ気のない様子に心配する人もいるだろう。

だけど、はなからこの店で商売っ気はほとんど求められていない。


この店は、ばあちゃんが儲けとは関係なく大事にしていた場所で、それは俺にとっても同じだったりする。


うちの両親は健在だけど、仕事で海外に行きっぱなしで、俺はほとんどばあちゃんと過ごしていた。ある意味親代わりみたいなもんだ。


寂しくないわけではないけど、ばあちゃんは可愛がってくれたし、長期の休みとか、なんか用事で帰国して日本にいるうちは両親も少しは親らしいこともしてくれていた。

兄弟がいなくて、大人の中で育つ子どもは、他の家の子より、大人びる子が多いらしい。

そして、周りの空気を読むのが上手い…らしい。


良くも悪くも周りの空気を読んで、求められた役割をこなしてしまうことが得意な子どもに育ってしまった。とばあちゃんはよく言ってた。


育てやすい子…に育ってしまった俺を、ばあちゃんは可愛がってくれると同時に、また心底心配していた。


いつ頃だったか、ばあちゃんはこの店を始めた。店なんか始めて忙しくなれば、孫の世話なんかできなくなるだろう、余計寂しくなる…と思いきや、ばあちゃんの経営スタイルはいつだって孫優先を貫いていた。

俺が熱を出せば、迷わず店休。

俺の授業参観に合わせて営業時間変更。

俺が夏休みのうちは短縮営業…といった具合だった。


嬉しい反面、子どもながらに、そんな商売っ気のないやりかたで、店が成り立つのか?と思っていたが、意外にも店の常連さんたちは孫の俺を可愛がってくれ、一緒に俺優先を貫いてくれた。

さらに言えば、ばあちゃんは店の収支を気にしなくていいくらい、他で稼ぐすべを色々持っていた。


「おじいさんののこしてくれた物があるからね。」と金銭面で心配はない、と言う意味だったのだろうと思っていた。けど、事実半分謙遜半分であったことを、俺はばあちゃんの死後知ることとなった。


カフェの土地、経営権、その他に株やガス田の権利(じいちゃんの土地で、天然ガスが出てそれをガス会社に売ってるらしい。)、副収入に繋がるあれやこれやが、驚くほどでてきたのだ。そして、遺言書にはこれら全てを孫である柚木ゆぎ真理まさみちに相続させる、と書いてあった。


当時、俺は大学生。まさか、経営関係の勉強をしていたことがこんな形で功を奏すとは思っていなかった。むしろ商売っ気のないばあちゃんの店をつぶさないでいられるようにと選んだ学科だったのに…。


両親は遺言書には全く異論を唱えず、「真理まさみちのやりたいようにしてごらん。必要なら手は貸すから。」とだけ言った。

両親もドライだけど、不仲ではない。子どもの頃から、俺が周りの空気を読んで動いているのが実は気がかりだったのだろう。


無意識に周りに合わせていた俺が、全て思ったとおりにしていい。と言われていた最初はとても面食らったが、とりあえずできるところから手を付けて今に至る。


カフェはそのまま残すけど、バーもやってみたいと始めてみた。それも、ちょこっと飲んでから帰ろうかな…ぐらいの気軽な立ち飲みスタイル。そもそも俺1人でやるんだから、そのぐらいじゃないと、店を回せない。

ばあちゃんのカフェの頃から、カウンター以外のお客は、出来上がった飲み物や料理を自分で受け取りに行くセルフサービスタイルだった。

でも、それも常連さんのおかげで、自然な形で成り立ってる。


ありがたい。ここは俺だけの場所じゃなくて、みんなの場所になってることにどれだけ助けられたかわからない。ばあちゃんののこしたものはとても大きい。


そんな感じで、他に人を雇うことなく、割と自由に店をやらせてもらっている。

ほのかは雇っているだろって?そう、ほのかはまぁ、雇っている形にはなるけど、どっちかって言うと頼まれてるに近い。

誰に…って言う必要もないだろ…?

その経緯はまた今度。


さて、干し終わった洗濯ものを眺めるのはこのくらいにして、手早く掃除もすませたし、自分の住まいはあらかた片付いた。


店の裏手に置いてある、あれを…どうにかしてみよう。


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