第15話 悩める乙女はお留守番役をつとめる。
「あ…雨…。」
何も無い日曜日。起きた時は、どこかに出かけようかな、なんて思ってもいたけど、雨が降ってきてしまった。家には誰もいないし、今日はのんびりお留守番でも良いかな…。なんて思っている。
ここ最近、考えてしまうことが多くて、ちょっと疲れちゃったな、なんて思う時は大抵の場合何をやっても上手くいかないし、何をやっても普段よりは楽しくない。
そういう時は何もしないことにしている。
猫でも飼っていれば、こういうときでも、猫に動かされたりして気が紛れたりするのかな…?犬は…犬も可愛いけど、こういう時はお散歩する気分では…ないかな…。
「あのこ、可愛かったなぁ…。」
ミチさんとお兄ちゃんが保護した子猫の事を思い出す。子猫と言ってもミルク以外も口にして平気な子だったから、もう大人になりつつある感じだったのかな…?大人しくて、賢い子だった。
結局、鹿野先輩の知り合いのおばあちゃんの猫だということがわかって、子猫は鹿野先輩と帰っていった。もう、お店にいないと思うと少し寂しい。
寂しい…気持ちはたぶん子猫のことだけじゃないんだけど…。
鹿野先輩とオムライスを食べて、バイトの仕事もそこそこに私は家路についた。
鹿野先輩と子猫に送ってもらって…。
ミチさんは、なんで、あんなに急に…。
「まだ残っていたかったって顔してる。」
「え…?」
タオルにくるまれた子猫を抱えた先輩が、ふふっと笑う。
「瑞田さんは、表情に出やすいよね。」
にゃあと、猫までが同意したようにひと鳴きする。
「そんな…すみません…。」
「謝ることじゃないよ。俺に送られるのが嫌とかそういうことじゃないってことも顔見ればわかる。たぶん、1人だって帰りたくなかったって顔。」
「そんなこと…。」
「大好きなんだね。」
「えっ…?」
「あのバイト先が。」
「えっ…あっ…そっ…ち…ちが…。」
「そっちって…どっち?」
また、ふふっと笑う鹿野先輩は優しいけど意地悪な顔をしているように見える。
何も言い返せない。
そう、私はたぶんどっちも…好きなのだ。
「ごめんごめん…あんまりわかりやすいもんだから、つい…。」
黙り込む私の機嫌をとるように、またふふっと笑う。美人さんの笑顔は、こういう時ずるい。
「いえ…大丈夫です。」
俯きかけた私の目に、駅前の見慣れた光景が映り込む。
「あっ…ついちゃったね。じゃぁ、あとは気をつけてね。それとも、家まで送る?」
「いえ…すぐそばなので大丈夫です。あとは明るい道だし人も多いので…ありがとうございました。」
深々とお辞儀をする私に、鹿野先輩も子猫を抱えたまま深々とお辞儀をする。
「どういたしまして。店長さんにもよろしくお伝えください。オムライス美味しかったのと、壊れた自転車はまた後日取りに伺いますって…。」
「え、壊れちゃってたんですか?」
「うん、古かった上に、俺の手を離れて壁に激突したからね。ハンドルがちょっと…あのままじゃ運転出来なさそう。」
「…そう、なんですか…。」
「そう。でもまぁ、大丈夫だよ。今度知り合いのとこ持って行って直してもらうから。」
「鹿野先輩、知り合いがたくさんいるんですね。」
「ふふっ…そうだね。わりと多いかも。」
にゃあ…。と子猫が鳴いて、会話が途切れる。
「あ、ここで喋ってて、遅くなったら意味がないね。店長さんにも怒られちゃう。」
「…大丈夫ですよ。でも、そろそろ失礼しますね。ありがとうございました。」
「うん、さよなら。また学校でね。」
子猫の手を取りバイバイと振る仕草をする。子猫も嫌がるわけでもなく、なすがままにしている。
その微笑ましい光景に会釈をして、私は家の方に歩き出した。
その後、先輩が猫に何か言ってたような気がしたけど、振り返った時には先輩も後ろを向いてたから、私にあてた言葉ではなかったみたいだ。
そうして、家に帰って、数日。今に至る。
もやもやと、気怠く、やる気のでない雨の日曜日。
ミチさんは、私をいつまでも子ども扱いする。そして、私は、その度に傷ついている。
大事にしているのは、「瑞田ほのか」ではなく…
「瑞田真治の妹、ほのか」だと思わされる。
同一人物だけど、違う。
あの時から、私の気持ちは止まったままだ。
あの出来事で、私は初恋と失恋を同時に知った。今も、そこから動けないでいる。
動けないでいるのに、抜け出したいけど抜け出せない。もがかない方が良いとわかっているのに、体が勝手にもがき始めている。
苦しいな…。うん、苦しい。
いつかどうにかなる苦しさなのかな。よくわかんないや、もう寝ちゃおう。
雨音は止まった思考を緩ませていく。
もう、寝ちゃおう。そうしよう…。
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