第12話 またバ先の店長を全力で務める。

「か、かの先輩…?」


「え、瑞田さん…?」


カノ…ハルミチ…?!

危うく声に出しそうになったが、なんとかこらえた。まさかこんなタイミングで…いや…でも、他に同じ名前がそうそういないよな…。


努めて平静を装う。


「ほのか、知り合い?」


呆けた顔が言葉を紡げずこくこくと頷く。

慌てすぎて、俺をどう呼んだらいいかとかパニくってんだろな。でもまぁナイス判断っちゃ、ナイス判断だな…。


「申し遅れました。鹿野カノ遥途ハルミチと言います。瑞田さんとは同じ高校で…。」

美人…とほのかが言うのもわかる。整った顔が礼儀正しくお辞儀をする。


「あぁ…どうも、そうなんだ。高校の…。」

(オウワサハカネガネ…)とは頭の中で頭の中で収めて、ひとまず軽くお辞儀を返す。


「あの…お兄さん…ですか?」


おずおずと質問するカノくんは、俺のことをほのかの兄と思ったようだ。


「ちっ…ちがいます! ミチさんは、あ、いや店長は…あのっ…」


すかさず口を挟むほのかだが、呼び方がさだまってない。


「もしかして彼氏…?」


カノくんが小首をかしげる。なおもほのかは首を振る。


「ちっ…ちがいます!あの、お兄ちゃんのっ…。」


オイオイ何言い出すんだほのか…。不穏な空気に口を塞ぎかける。


「私のお兄ちゃんの大親友です!」 


あっぶね…良かった。正解…。

うん、今はそれだけ、ホントそれだけ…。あ、ちょっと全否定のショックが今頃襲ってきたかも…。


「大親友…って、でも、店長さん…?あぁ、たまごサンドの!」


この説明でよく納得するわ、すげぇ、情報処理だな、カノハルミチ…。


「そう、ほのかの兄の親友で、ほのかのバイト先の店長やってます。柚木ユギ真理マサミチです。」


…俺は大人…そう、大人だから取り乱すことなく自己紹介を滞りなくする。そう、喧嘩になりかけた元凶が凄い音と共に現れるとか、そうそうない状況だけど、大人だから、平静を装う。


「は、はじめまして!あと、この間は行けなくてすみませんっ…。」


ホント礼儀正しいな、カノくん…。

別にいいのよ…こなくてホッとしてた俺が恥ずかしいだろ…。


『にゃあん…。』


人間共の長いやりとりを終わらすべく小さい毛玉が声をあげる。


「あ、猫ちゃん、ごめんね。」


すかさずほのかが子猫を抱き上げる。


「鹿野先輩が来れないって言った日、夜になってこのお店にたどり着いたみたいなんです。可愛らしい子猫ですね。」


子猫をそっとカノくんに手渡す。


「そうなんだ…あの日、いなくなっちゃったって連絡があって、探しに行かなくちゃ行けないから、急にいけなくなっちゃったんだ。ごめんね。」


カノくんが子猫を撫でる


「はる、良かったな、いい人に保護してもらえて…。」


『にゃあん…。』


子猫の名前はハルっていうのか。返事したしな…でも、自分の名前と似たりよったりの名前とかつけるか…?


「キミんちの猫なんだよね?」


思わず確認をとる。あの慌てぶりで飼い主でないってことはないだろうけど…。


「いえ、うちの猫ってわけじゃなくて、あの、良くしてくれる知り合いのおばあちゃんがいて…。そのうちの猫で…あの日、いないのに気がついて、家の周りは探せたんですけど、足が悪いから雨の中探し回ることはできなくて、俺に連絡が…。」


「そういうことか…自分んちの猫が自分と近い名前とか呼ばれるとき紛らわしいとか思っちゃったよ。」


「ははっ…確かに。そういえば、そうですね。でも、漢字と由来が違うから気づきもしてなかったです…。俺のハルは遥って感じで、この子、はるは漢字にしたら季節の春なんです。4匹同時に生まれて、春と夏と秋と冬がいるんです。」


…ばあちゃん、ネーミングセンスいいのか悪いのかわかんねぇな…。


…なんか、この子いいヤツだな…。

勝手にいろいろ考えちゃって…悪かったな。

反省と同時にさっきまでのほのかとのやり取りを思い出す。あんな顔させて、俺は何がしたかったんだ…。


運良く、彼が爆音登場してくれて、切り替えられたのか…な…?なんて、虫が良すぎるか…。

あとで、謝ろう…うん…なんとか…。


「あっ…長居してすみませんっ!お店これから開けるんですよねっ…!」


「あっ…そういえば…ミチさ…店長!まだ何にもしてないですっ…。」


「あぁ、そろそろか。いいよ、ちょっと遅めに開けても大丈夫だろ。」


「あっ…じゃあ、ありがとうございました!また改めて、御礼に来ます!」


『ぐぅ…。』


「あっ…。」


猫を抱え、お辞儀をしたカノくんから、なんか凄い音がした。バツが悪そうに下を向くカノくんにほのかが声をかける。


「鹿野先輩…お腹空いてますか…?」


「う…いや、大丈夫。ごめん、見つかったら、急に安心したのかな…?」


はは…と笑うカノくんを見て、なんかこう…言葉に出来ない気持ちになる。


「カノくん…ちょっとそこ座ってて。」


「え?」


「ほのかも店は良いから、ちょっとそこいろ。」


「え?」


2人を待たせて厨房に向かう。

そして…。



「「わぁ…。」」


高校生らしい感激をありがとう…お兄さん眩しい…。


「オムライス!」


ほのかが目を輝かす。


2つ分のオムライスを見て、カノくんは恐縮している。


「すみませんっ…なんか、俺の腹が鳴ったばかりに…。」


「あぁ…そういうんじゃないよ…。もうこんな時間だからさ、頼まれてくれる?」


「?」


「これ食ったらさ、帰りしなに、ほのかを駅まで送ってやってくんないかな?」


「え、なんで!?私まだ、今日バイトらしいことできてない!」


「今日のお前のバイトは猫の相手だ。その分俺が準備はかどったから、それでいーんだ。」


「「でも…。」」


「いーから、ほら冷めないうちに食って、こーこーせーは、帰んなさい。」


しっしっ…と手を振る仕草をする。

ほのかはまだなんか言いたそうだけど…。


「「いただきます。」」



『にゃあ!』


「お前はこっち。」


猫にはササミを少しだけ。家帰って美味いもん食わせてもらえ。元気でな。


「じゃ、瑞田さん送って失礼します!ありがとうございました!」


「おーよろしく。」


「店長…失礼します…。」


「はいよー。気をつけて帰れな。」


2人の後ろ姿を見送り、店を開ける。

大人だからね、働かないとね…。

あいつもそろそろ来んだろうし…。


あーなんか眩し…満月か、今日は。


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