第11話 予想外の仲裁役は、こちらの驚きなど気にしてはくれない。

それはとても突然だった。


真理ちゃんとの言い争いは今思い返しても不毛で、売り言葉に買い言葉。何がきっかけでそうなったのかもわからない。


ただ、なんとも思ってない学校の先輩のことを私が好きだと思われていることが、どうしてかすごく嫌だった。私が男の人を苦手だと真理ちゃんは知ってるはずなのに、どうして他の男の人と無理にくっつけようとするの?


…ていうかくっつくのが、ダメってことなら尚更、そんな気もないのにそんな話をされることについてわけもわからないし、悲しいとすら思ってしまった。


悲しさと、表現しがたいモヤモヤした気持ちが、私を止められなくして、真理ちゃんの、ずっと好きな人と将来の話を、引き合いに出してしまった…。

…ずっと1番に応援しようと思ってたのに…。

私、最低だ。

口をついて出た言葉に、どうしようもない自己嫌悪に陥った瞬間、真理ちゃんはまたよくわからないことを言った。

『そこは柚木でしょうがっ…。』

…どういうこと…?お兄ちゃんをお嫁さんにしたかったの?

それじゃあ真理ちゃんは心はお姉さんじゃないの?

…あっ、でも結婚するから男の人の姓にっていうのはそもそも先入観…?いや、今そこ考えるとこ…?


急な言い合いから、理由のわからない展開、最後に残る罪悪感や後ろめたさ、降りかかる疑問…どこからどう考えていいのか頭が痛み始めた時、それは起こった。


『がしゃぁあっんっ』



「「え…。」」


私と真理ちゃんの凍りついた会話を割るように大きな音がする。

それは、カフェの表の方から聞こえた。


「ほのか…こっち。」


「真理ちゃん…」


音は1回きりだった。

その瞬間で、真理ちゃんは私を庇うように手を引き、自分の背中側に回した。


「店の玄関の方ね。」


真理ちゃんはいつもの冷静さを取り戻していた。玄関の方を見据え、様子を窺う。


「真理ちゃ…何、何の音…?」


私は今の音でやり取りへの冷静さは取り戻したけど、今度は別の意味でパニックになっていた。


真理ちゃんが玄関に足を進めようとした、その時だった…。


『がちゃがちゃがちゃっ…。』


玄関のドアノブが乱暴に回される。準備中だから、鍵はかかっている。


「ひっ…ま、真理ちゃんっ…。」


音と同時に、踏み出した足とは反対に体を返し、思わずしがみつく私を庇うように抱きしめる。


「大丈夫…落ち着いて…。」


静かな声に、あの時のことを思い出す。

あの時も、静かで、でも頼もしくて、優しかった。そして…。


「だっ…だいじょ…ぶ…。」


オウム返しにするのが精一杯な私の背中にポンポンと真理ちゃんの手がふれる。


「うちに用がある人みたいね。」


それにしたって、なんか乱暴じゃ…。


『prrrrrr…prrrrr…。』


「ひっ…。」


「…落ち着いて。電話だから。」


真理ちゃんは、しがみつく私をやんわりと解き、抱えるような体勢で、片手を空ける。そして、受話器を手に取り、深呼吸する。


「もしもし…え…?あぁ、はい…。じゃあ外の音って…うん、はい、そうなんですね。はい、今開けます。」


緊張の糸が解けていく。


「猫の張り紙見て、驚いちゃって、自転車で転んじゃったんだって、店が準備中ってわかんなくて開かないからドアノブ回しちゃったらしいわ。びっくりしたわね~。」


電話の主とのやり取りを、簡単に説明してくれた。


「…なんだぁ…よかった…。」


全身の力が抜けていくところを、真理ちゃんが椅子に座らせてくれた。そう言えば、猫ちゃんは…?

猫は、いつの間にか床の箱の上で寝ていた。遊び疲れたみたいだ。あんなおっきな音でも気にしないのこの子…すごい。


私を座らせて、玄関に向かった真理ちゃんは、電話の主を招き入れる。


「お待たせしました。すみません。どうぞ。」


「こちらこそ、すみません…。驚かせてしまって、不躾にも準備中にお邪魔して…。」


あれ、この声どこかで…。


奥に入ってきたその人は、嵐の元凶その人だった…。


「か、鹿野先輩…?」


「え、瑞田さん…?」


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