第10話 器用貧乏は器用貧乏を不本意にまっとうする。


「にゃあん…。」


「ほーらほら、こっちだよ~。」


灰色の毛玉とほのかが楽しそうに猫じゃらしで遊んでいる。

まだ2日と待っていないのに随分と仲良しデスネ…。店長放置ですけど…。


あの日、ずぶ濡れだった子猫はすっかり毛並みよく、ふわふわの毛玉と化している。

アビシニアン…かな?灰色の毛並みと青い瞳がとても綺麗だ。



ずぶ濡れの毛をタオルで拭いて乾かして、ドライヤーは嫌がるかと思いきや、意外にも大人しく、ゆるい温風に気持ちよさそうにしていた。

「飼い猫かな?物怖じしないし、人に慣れてる。」

ハルが覗き込む。


「そうかもな、さっきリボン付いてたの取れちまった。」


「あーまぁ、びちょびちょだったからな。乾かして、飼い主に返すとき一緒に渡してやればいいだろ。」


「飼い主か…どうすんだ?こういう時。」


乾かされてすっかり暖まった子猫は、俺の膝で丸くなっている。


「うーん。やっぱ張り紙とかじゃねぇか?」


「あぁ…じゃあ…。そこの紙とペン取って。」


子猫が膝に乗ってて動けないから、ハルを動かす。なんかクリップのついたボードと白い紙、油性マジックがあればいいか。



「おい…それはどういうつもりだ…?」


「張り紙。」


白い紙にただ「猫を預かっています。」と大きく書いたそれを見てハルは首をふる。


「犯行声明かよ…。誘拐犯か。」


「…じゃあハルが書いてみろよ。」


言われたとおりにしたのに犯行声明扱いかよ。ひどくないデスカ?


「お前基本器用なのに、こういう時なんかうまいこと発揮されないんだよな…。なんつーか、こう…器用貧乏…的な?」


「持ってきた酒全部、置いてもう帰るか…?いいぞ、お客様お帰りはアチラで〜す。」


「ごめんて。むくれんなよ。」


…昔からよく言われてた。真理まさみちくんは、いろいろできるけど…って。


けどってなんだよ。返す言葉もねぇや。そんなの俺が一番わかってる。


「おーし、俺に任せとけ。まずは写真だな。」


スマホを手に取り、ハルは猫を驚かさないように写真を撮る。


「あとはパソコンに取り込んで作業するから、帰ってからやるわ。とりあえず、飲も♪」


「この状況でかよ…。」


そうして、まぁまぁ?そこそこ?の時間、持ってきた酒を楽しんで、ハルは帰っていった。さらに、数時間後にはさすが俺にダメ出ししただけのことはある出来の張り紙を携えて戻ってきたのだ。ほのかも連れてくるとは思わなかったけど。



そしてハルは仕事を辞めたという、わりと一大事な出来事をなんでもないかのようについでに報告していった。


「なんかいつかやるとは思ってたけど、早いよな…まだ25だろ?」


その行動力と、らしさに苦笑する。

あいつなら、まぁどうにかなるか。

だから最近変な時間によく来てたんだな…。



「…ちゃん、真理ちゃん?」


ほのかの声に引き戻される。


「えっ…?あぁ、何…?」


「もーやっぱ聞いてなかった。あのね、みんながたまごサンドもオムライスも美味しかったって。」


にっこりと笑うほのかは身内が褒められて誇らしいといった感じだ。


「あらそう、それは良かったわ。」


その笑顔にこっちまで顔がほころびそうになる。


そんなやり取りをよそに、子猫は猫じゃらしに食らいついている。


「こーらー、だめだよ猫ちゃん。」


先端にかじりついて離れない子猫の頭をなでる。


「名前つけないのね?いつもなら簡単につけそうなもんなのに。」


ほのかが猫に自分なりの呼び名をつけていないことがとても意外だった。まだ出会って数日とはいえ、いつもなら…。


「うん、お兄ちゃんがね。名前とかつけると情が移っちゃって離れるとき辛いからやめておけって。特別になっちゃうからって。」


「へぇ、ハルにしてはまっとうな事言うじゃない。」


親友の助言に納得する。


…でも、それじゃあ、ほのかが2人のときに使う「真理ちゃん」はいいのだろうか?そんなことがふと浮かぶ。まぁ、そんな気ないか。

情が移っちゃわない?大丈夫?いいけど、移っちゃっても。


「私、大好き〜ってなるとついつい名前つけちゃうから、お兄ちゃんに先に言われちゃった。」


肩を竦め、微笑むほのかの言葉と自分の考えが重なって、心臓が跳ねる。…落ち着け、俺がそこに含まれるわけ無いだろ…。


慌てて話題を変える。


「そういえば、結局かの先輩とやらは来れなかったわね。用事があったんだっけ?」


「うん、もう1人の先輩が言うには、直前まで行く感じだったんだって。でも、なんかスマホがなったと思ったら、今日無理だ、ごめんって言っていなくなっちゃったんだって。」


残念そうなほのかの顔をみて、もやもやとした感情が湧く。そんなに一緒に来たかったのか…?


「彼女…とかじゃないの?」


意地悪だったか…?でも、なんかモヤッとした感情が消えない。


「そういうんじゃないみたい。彼女はいないって言ってた。」


「へぇ。」


「彼女は作らないようにしてるんだって。あんなに美人さんなのにもったいないって、なっちゃんが…。」


なっちゃん…ほのかの友達で、同じ委員の子か。確か、彼氏が委員長だっけ…?


「美人ねぇ…男でしょ?」


「男の人だけど、ほんっとうに美人なの。整ってるって、こういうことかな~って。」


モヤッとした感情になんか油が注がれたような感じがする。


「へぇ~じゃあほのかも残念なんだ。」


「私はっ…べつにっ…。」


意地悪とわかっている。わかっているのに止められない。


「でも、ほのかとかの先輩じゃ、だめよね。結婚したらほのか、かのほのかになっちゃうから。上から読んでも下から読んでもかのほのかになるわ…。」


あーもう馬鹿じゃない?いい加減黙れバカ俺…。嫌われんぞ…ほんとに。


「そんなこと言ったら!真理ちゃんだって、うちに入ったら「みずたまり」になっちゃうじゃないっ!」


ほのかが突拍子もない事を言いだした。

だけど、俺も止まらない、止められない。


「だぁから、名前は真理まさみち!まりじゃないし、そもそも、なんで瑞田に入る前提なのよ!そこは柚木でしょうがっ…。」


その場が一瞬にして凍りつく。


「え…真理ちゃん、お兄ちゃんをお嫁さんにしたかったの…?」


「はっ…えっ…いや、それは…。」


ほらな、バカ俺…いらんこと言うから…。あぁ、どうしよ…どうしたらいいっ…。


…その時だった。


『がしゃぁあっんっ』


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