第7話 バ先の店長を普段通り務める。
「まっ…まって、まりちゃ…ミチさんっ…。」
手を掴まれて、逃げようもないほのかが、僅かに身じろぐ。
「何?まだ覚悟決まらないの?」
態勢は変えず、視線だけをほのかにやる。
「だって…私、こういうの初めてで…。」
「そうね、ほのかは箱入りだから…こんな事知ったら、ハルに怒られちゃうかしら?」
俯くほのかが、今度は見上げてくる。
「お兄ちゃん、怒るかな…?」
「さぁ、どうかしらね。内緒にできる?」
「う…ん。でも、やっぱり…怖い。痛いよね…?」
「そうねぇ、痛くないってことはないわね。」
「やっぱり、明日にしよ?今日はこれで…。」
「何言ってんの、どんだけ待ったと思ってんのよ?もう待たないわよ?」
「だって…痛いの嫌…痛くしない?」
「ほのか…痛いのは初めだけだから、もう覚悟決めなさい。アンタが言い出したんでしょ?」
「…できるだけ、痛くしないでね…。」
「怖いなら目つぶってなさい。そんなに見られたらやりづらいわ。」
「だって…。」
「ほら、暗くて見えない。もうちょっとこっち来なさい。」
「ぇ、うそうそ…やっぱ怖い…。」
「ほ、の、か。少し黙って。力抜きなさい。」
「まりちゃ…まっ…あっ…。」
「ほら、抜けたわよ。」
針の先についた小さなとげを消毒に使ったカット綿の上に置く。
「はぁ〜…良かった…。」
体の力が一気に抜けたほのかはため息をつく。
「全く…このくらいでそんなに大騒ぎすること?アンタ注射とかも大騒ぎしてんじゃないでしょうね?」
「しっ…してないよ!注射はお医者さんだから、大丈夫だもん!」
「お医者さんじゃなくて悪かったわね。別に病院行っても良かったのよ?」
「だって…まり…ミチさんなら、大丈夫かと思って…。器用だから、でもまさか針とか使うと思わなくて…。」
「いくら器用でも、指先のとげを素手で抜く方法は知らないわね。」
「うぅ…お騒がせしました。ありがとうございます…。」
いつものバイト中、ほのかはたまたま触った柱のとげを指先に刺してしまった。とげ抜きのため消毒した針を持ち出した俺にひたすらビビり、一瞬で終わる作業に十数分費やす羽目になったのだ。
なんか違うこと期待したって…?
バカだなぁ…俺だよ?そんなわけないじゃん…はぁ…。
ともかく、ほのかの発する言葉にいちいち殺されかけながら、器用な俺はとげをスルッと抜いてやった。それはもう、見事に。
「ところで、さっきから言ってるまりみちさんって誰のこと?」
わかってるけど、なんか意地悪したくなる。
「ちがっ…あのね。最近、真理ちゃんって呼ぶことに慣れすぎちゃって、明日うっかりみんなの前で呼んじゃったら困るから、少し直そうと思ったんだけど…つい…。」
…ほんとに…こいつは可愛いにも程があるだろ。
「あぁ、そうか、明日だっけ?みんな連れて来るの。」
件のたまごサンドを持っていった委員会お食事メンバーが、たまごサンドをいたく気に入り、本家のが食べてみたいとて、明日カフェの営業時間に連れて来るというのだ。
「うん。」
「全員くるの?」
「うん、来るよ。多いかな…?」
「いや、大丈夫でしょ。」
人数的には別に大丈夫。気になっているのはそこじゃない。
「鹿野遥途って言うんだって!男だった…。」
ハルの言葉が蘇る。そう、鹿野先輩とやらがどんな奴なのか…見たいような…見たくないような…。
「それより、トゲ抜けたんだからあとはもう帰んなさい。」
「え、でもまだいろいろ途中…。」
「いーわよ、次のバイトの時で。今日のこのあとの分は特に困んないわ。早く帰んなさい。」
「はぁい。ミチさん、また明日。」
「明日は店長って呼びなさいよ?」
「あ、そっか!店長って呼べば良かったんだ。」
「…あんたねぇ…ほんとに時給下げるわよ?」
「ごめんなさい~お疲れ様でした。店長失礼します!」
「…まったく…気をつけて帰んなさい。」
明日か…雨でも降んないかな…。
てるてる坊主を逆さ吊りにすんだっけ…?いや…可哀想か。
まぁ、仕方ない。面倒見の良いバ先の店長、しっかり務めますか…。
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