第6話 〇〇っぽいを演じてみる。

「はい、どーぞ。お待たせシマシタ。」


「おぉっ…美味そう!なんだこれ!」


湯気のたつ皿に、目を輝かせてこっちを見るハルに、箸を渡して自分も椅子に座る。


「海鮮焼きそば」


「おぉ~新メニューか?初めて見た。」


箸を持つハルは、いただきます。と言った端から、今にも皿を空にしそうな勢いだ。

静かに、行儀よく、でも皿のものがどんどん減っていく。

食べ方がきれいなんだよな、この兄妹は。

たまごサンドを食べていたほのかを思い出しながら、自分も箸を手に取る。


「いや?カフェランチの海鮮パスタの余り。」


「余りなら、パスタじゃないのかよ。」


「なんかお前は焼きそばっぽいなって。」


「なんだよ、それ。でも美味いからよし。」


余った食材を見た時に、ハルに食わせるなら焼きそばだな、となんとなく思った。

ただ、それだけ。


ほぼ食べ終えたハルが、ぽつりと言う。


「〇〇っぽいってさ、自分をあんまり知らないだろう奴らから言われるとさ、すごく腹立つ時あるじゃん?お前が何知ってんだよって。」


「ん?あぁ。」


「でもさ、こいつは俺のこと知ってくれてるって奴から聞くと、なんか嬉しいのなんでなんだろな!」


にかっ…とでも効果音を付ければいいのか、そんな顔でハルは笑う。なんだよ、急なデレやめろよ。


「さぁ?なんでだろな。」


「お前も焼きそばっぽいぞ。」


「俺もそう思う。」


「だろ?」


ハルは皿をきれいに平らげた。


「ごちそうさまでした!…てか、ほのかは、どっちかってとパスタっぽいかな?」


「そうだな。」


「やっぱ女子だからかな。」


「どうなんだろうな…。」


確かにほのかは、海鮮パスタって感じだな。うまく言えないけどフォークで上手に食べそうだ。


「ミチ、ありがとな。」


「なんだよ、急に。」


「いや、ほんと。最近のほのか見ててそう思う。あの時お前が助けてくんなかったら、あいつどうなってたんだろうって。」


「…ハル…。」


「あの時お前が一緒に逃げてくれて、助かった。でも、幸い傷が残るような怪我が無くても、心の傷は確実にあるはずだって、気がかりで仕方なかった。」


「あぁ、そうだな。」


「男が嫌いになって、関わることが怖くって、ずっと逃げ続けながら生きていくんじゃないかと、大げさかもしれないけどそう思ってた。」


「…うん。」


あの日のことは、ほのかから、今までの笑顔を奪い去るくらいの出来事だったはずだ。


「それがさ、最近は友達の話とか友達の彼氏の話とか、しかも委員会の先輩とか…男の先輩でも、少し関われるようになったなんてさ。すげぇな、よかったなって。」


「さっきは、俺の気持ち、わかる?とか言ってたのにか?」


「いや、複雑なのよ兄心としてはさ、普通の?ごくありふれた女の子の楽しみっていうのかな、誰かに憧れるとかそういう楽しみっていうのかな…うまく言えないけど、そういうの自然と楽しめるようになってくれたっていう嬉しさとさ、可愛い妹を箱入りのまんまにしておきたい気持ちとがさ…。」


「お前…なんかお兄ちゃんっぽいな。」


「お兄ちゃんだよ!俺のことなんだと思ってたんだよ!」


「シスコン…?」


「ばっか、ミチ!シスコンだってちゃんとお兄ちゃんだろ!」


いや、シスコンだったら、お兄ちゃんでも弟でも姉でも妹でも良くね?とか思ったけど、言わないでおく。そして、シスコンについては否定しねぇのか…。


「いや、ほんとに感謝って話。俺しみじみ思っちゃったわけ。」


「そうか。」


素直な親友の感謝に触れて、こっちまでしみじみとする。良かった、間違ってなくて。


「まぁ、あんな方法で、ほのかを正気に戻すなんて、まさか思わなかったけどな?」


ニヤッという効果音がお似合いな笑みを浮かべ、こっちをみる親友。前言撤回。しみじみしてる場合じゃない。


「俺もだよ…。しかもそれがこんなに長く続くなんてな…。」


項垂れるのは俺の番か…。くそぅ…。


ほのかには、秘密にしろとは言ったけど、俺があのとき取った奇策のことは、その後早々にバレていた、というより吐かされた。


あれほどの怖い思いをしたのに、例え助けてくれた人だとしても、俺だけ他の男のような扱いを受けなかったこと、あの一件以来、やたらと俺の良いところを兄にプレゼンするようになった妹の変化を、この兄が見逃すはずがなかった。

何があったか延々と聞かれ、俺は全てのやり取りを白状したのだ。

助けるためとはいえ、結果的にほのかを騙したことには違いないその展開を、責められるかと思いきや、大爆笑で受け止めやがったこの男の、なんというか大きさというか…よくわかんないが、なんとも言えない凄さに驚かされた。

その後、バレていないていで、こいつも素知らぬフリを演じ続けている。


「…で、俺はいつまでお前に一途に思われ続けてればいいんだろうな?」


ハルがまた、にやりと笑う。


「…さぁな?お前が彼女紹介とかしてきて、俺が暗黙のうちに振られる日までじゃない?!」


人の苦労も知らないでこの野郎っていや、知ってんだな、苦労。くそ…笑うなこの野郎。

半ばヤケクソになって、そう答えた。


「言ったな?言質取ったかんな?」


「おぅ、できるもんならやってみろよ。俺の片思い歴全部吹っ飛ばすような美人の彼女連れてこいや!」


片思い…してねぇから吹っ飛ばすのは簡単だけどな、言ってて薄ら寒くなってきた。


「おっ、なんかちょっと嬉しいのなんでだろ?片思いとかされてみたい…。」


「ばーか!食ったらもう帰れ!」


「なんでだよ!せっかく貸し切りなんだからもう少しいいだろ!」


「ばーか!ほんとばーか!」


結局そんな馬鹿げたやり取りは閉店時間まで続く。


今の俺達は何っぽいんだろ…?あぁ、馬鹿っぽいな…。

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