第4話 たまごサンド講習会(仮)の講師を務める。その2
「とりあえず、そのゆで卵は置いといて…。もう1回お湯沸かすわよ。」
「はい!」
返事がいいこと…なんでそんなに卵サンド覚えたいんだろ…。不思議に思いながらも、真剣に鍋に水を入れて火にかける横顔を眺める。
ちょっと微笑ましい。
「それで、お湯が沸いたら冷蔵庫から出した生卵をおたまに入れて、そーっとお湯の中に入れるの。」
「おたま?なんでおたま?」
怪訝そうにほのかがたずねる。まぁ、おたまじゃなくてもいいんだけど。てか面倒だから俺なんか手でもやっちゃうけどさ。
「鍋の底にぶつからないように、ゆっくりお湯の中に入れる必要があるの。でも、熱湯の中に手、突っ込めないでしょ?」
この娘が火傷する可能性はできるだけ排除したい。
「なるほど〜。箸とかでも?」
「アンタ卵箸でつかめんの?すごいわね。」
「…無理です…。」
バカねぇ…なんて笑いながらも、可愛すぎて死にそう。ほのかは、普段はひいき目に見ても結構賢い娘だと思う。話し方も、思考も、年の離れた兄がいるからか、割と大人びている。でも、たまにこういう天然発言を突然ぶっこんでくる。ギャップ萌えってやつ?うっかりすると、ほんと危険。
鍋のお湯がコポコポと音を立てる。
「冷蔵庫からお湯に入れるだけでも、急減な温度変化でヒビが入る場合はあるんだけど、中の膜までは破けないから、とにかくゆっくりそーっと入れればだいたい大丈夫よ。」
「うん。」
「じゃ、そこから12分ね。」
ピッ…とキッチンタイマーが音を立てる。
ここからはただ待つのみだ。
「このあとはお湯を捨てて、冷たい水で急激に冷やす。それから、殻をむく。」
「はい!」
「それで、あとはボールにでも入れて、フォークで粗く潰す。」
「真理ちゃん、調味料は?」
「そうね、塩とマヨネーズと、あと牛乳と、砂糖…。」
「砂糖?!砂糖入ってるの?!牛乳も?!」
鍋を見ながら黙って聞いてたほのかが、顔をあげてこちらを見る。
「そんなたくさん入れないわよ?隠し味程度。」
「なんか、意外。」
心底驚いた、という顔で、また鍋をみやる。
「店によって違うけど、結構、いろいろあんのよ。細かく切った塩もみきゅうりとか、ピクルスとか、らっきょうとか、ケチャップ少しだけとか、あと、練乳っていうのもあるわね。」
「練乳?!」
今日イチのびっくり顔いただきました。
…可愛いなちくしょう。
「そ。練乳はアタシもびっくりしたけど、結構いろんなとこで紹介されてるから、まぁ、悪くはないんでしょ。やったことないけどね。」
「今度入れてみようかな。」
「隠し味程度にしなさいよ。あと味見役は選びなさいね。」
「お兄ちゃんじゃだめ?」
「ハルはだめ。ほのかの作ったものなら何でも美味しいって言っちゃうから。信用ならない。」
真治は8つ離れた妹が可愛くて可愛くてしょうがないのだ。もともと面倒見の良いやつだけど、ほのかは特別大事にしている。たぶん、何されても許してしまうだろうし、激甘の卵サンドだって平気で食べるだろう。
「じゃぁミチさん食べてくれる?」
「…いいけど、一緒に作った時ならね。」
…隣にいれば、隠し味以上の分量を入れる前にとめられるからな。俺もハルと同じく激甘でも、たぶん黙って食べてしまうだろう。
「はぁい。じゃあまた今度やろう。」
…また今度があるのか。なんか、いいな、それ。
ニヤける顔を抑えつつ、ほのかに聞く。
「ところで、その勉強した卵サンドを、アンタはどこに持ってくつもりなの?」
「あ、あのね。学校で体育祭実行委員になってね。1-1.2-1.3-1って1組だけのグループにして対抗戦をするの。だから、先輩と後輩の親睦を深めようって、まずは委員だけで、午後授業がない日にちょっと残って、集まってご飯でも食べようってことになって、持ち寄りでご飯会をするの。」
「へぇ、そんなのがあるのね。」
「うん、って言っても同じく委員になった友達の彼氏が3年のクラスの委員だから、まったく知らない人の集まりじゃないんだけどね。」
おい待て、男もいるのか。そんな集まり大丈夫か?
いや、別に男が全部だめなわけじゃないけど…。
努めて平静を装って、探りを入れる。
「やだ、なに合コンみたいね?」
「違うよぉ、そう言うんじゃなくて、うちの学校女子が多いから委員もほとんど女子だもん。」
「へぇ。そうなの。」
ひとまず安心…?いや、でも、うん。そうだな、あんまり詮索しすぎてもな。
「あと、かの?先輩っていう先輩がいてね、美人なの。」
「なんで?がついてるのよ。名前があやふやなの?」
「イントネーションがよくわかんなくて、みんな呼び方が曖昧なんだよね。」
かの…名字?名前?どっちなんだ…?
『ピピピ…』
「あ、タイマー鳴った!真理ちゃん、お湯捨てるのでいい?」
「えぇ、気をつけなさいね。」
「真理ちゃん、お湯捨てるの全部?卵落ちちゃいそうだけど熱いから押さえらんない。」
「…だいたいでいいわよ。冷たい水かけて冷ましなさい。」
「はぁい。」
ほのかは、恐る恐る鍋に手を入れ水の冷たさを確かめている。熱かった鍋が少しずつ冷えてくる。
「冷た〜い。気持ちいい…。」
「遊んでないで、殻剥きなさいよ。」
「はぁい。」
コンコンと軽快な音を立てて殻にヒビを入れる。
次々と卵の殻をむいて、ボールに入れる。
フォークで潰して、調味料を混ぜる。
次々と指示を出すうちに、『かの先輩』とやらのことを聞きそびれてしまった。
男?女?名字?名前?でも、美人って言ってたから、女かな。
ぼんやりとそんなことを考えながら、出来上がりに向けてほのかに指示をだす。
仕上がりは上々。なんなら俺が作ったより上手いかもしれない。
「できた!」
満足そうなほのかを見て、口元が緩みそうになる。
「どれどれ…。」
ほのかの力作の一切れを掴み、口に運ぶ。
「どう…ですか?先生…。」
「ん。いいんじゃない?合格よ。」
「やった!」
いきなり先生とか呼ばれて、動揺しそうになったのは置いといて、喜ぶほのかを見てなんとも言えない感情がわく。
ほのかが、俺が教えた料理を作ることについて喜ばしいとこと、それを作ろうとしているのは、別の誰かのためというとこ。
そっちは喜ばしいかって言うと、なんかな…。俺もほんと心が狭い。それでほのかの株が上がるならいいんじゃないか、ってことにしよ。うん。
この時は、ほんとにそう思った。
そう、思ってた。
「ちなみに、たまごサンドは傷みやすいから、すぐ食べないならきちんと保冷剤とかも一緒に保存しなさいよ?」
「うん。先生も参加してくれるから、冷蔵庫で預かってもらう!」
「それなら、いいわ。傷みやすい時期はね、あえて茹で卵じゃなくて、だし巻き卵にして、マスタードとトーストに挟むのもありよ。」
「えっ…なにそれ美味しそう!今度教えてください!」
一段と目を輝かせ、ほのかがこちらを見る。
たまごサンド講習会はこれからも続きそうだ。
「いいわよ。また、今度ね。ほら、今日はバイトない日なんだから、そろそろ帰んなさい。残ったのは包んであげるから。ハルにでも食べさせてやったら?」
「わ、お兄ちゃん喜ぶ!ありがとう、真理ちゃん!」
「どういたしまして。」
ほのかを送り出し、一息つく。
今日、ほのかはバイトじゃないが、店はいつもどおり開ける。
「…よし、仕事仕事。」
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