第16回/婿入りの宴/総合53位

第3会場19番

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会場11位/総合53位



《あらすじ》

生みの親を知らず、父と慕った相手を突然の事故によって亡くした春子。

遺品整理の最中、家を訪ねてきた二人の中年女性たちは、春子の産まれた村からやってきたという。

春子には双子の妹がおり、行方知れずだった姉に会いたがっているのだと。

自分の生まれ故郷を見てみたいと村を訪れた春子は、一人の青年と出会う。

「ここはお前の居場所じゃない」と怒鳴る青年とは違い、他の村人たちは春子を歓迎していた。

数日の歓待を受け、村中を見て回った春子は、やはりこの村は自分の居場所ではないと思う。

しかし村人達に礼をして帰ろうとした時には、村から出られなくなっていた。

妹の異様な妊娠。村人たちによる絶対の掟。村に隠された秘密は、あまりにもおぞましいものだった。

村の儀式を巡るサスペンスホラー。



《本文》


 雷のような轟音が、辺りに響き渡った。


 暗闇には、篝火かがりびに照らされた多数の人間たちがひざまずいている。

 人々の顔は模様の描かれた布に隠れて見ることができないが、歓喜に震えているように感じられた。

 彼らの顔が向く先には、大皿に乗せられた血塗れの臓物が並ぶ円形の祭壇。その中央に一組の男女がいた。

 女は地面に倒れたまま、ピクリとも動かない。

 その分まで動いているとでも言うように、男は全身をガクガクと痙攣けいれんさせている。

 突然、時が止まったように男の身体が静止した。

 炎の弾ける音だけが聞こえる中、男の身体が不自然なほどに捻れていく。下半身はこちらを向いていないのに、上半身だけがこちらを向いているような姿勢で。

 そして男の目が、私を見た。

 だらしなく緩んだ口元から垂れた舌が、まるで生き物のようにぬらりと動く。


「みつけた」


 両の口角を上げてニタリとわらった男の瞳は、蛇のように鋭かった。


---


 勢いよく上半身を起こした私は、自分がいるのが見慣れた寝室だと分かると大きく息を吐いた。

 一ヶ月ほど前、父が突然の交通事故で亡くなってからというもの、眠る度に嫌な夢を見る。

 まだ薄暗い寝室を出ると、台所でコップ一杯の水道水を飲み干した。


 一人きりの家には、まだ慣れない。

 誰も、悪夢を見た私を慰めてくれることはなかった。


 父は、ひき逃げに遭ったのだそうだ。

 携帯電話に連絡が入り、病院に駆け付ける頃には、父はすでに霊安室で眠っていた。


 物心ついた時から父と二人暮らし。

 母についての記憶はなく、父に聞いても悲しそうな顔をするばかりだったので、気にしないように努めていた。

 なんとなくだが、父と同じ年頃の女性と暮らしていたような、そんなはっきりとしない記憶が浮かび上がる時もあり、もしかしたらその女性こそが母だったのかも知れないと思うこともあった。


 父は転勤が多く、私は幾度も引っ越しをした。

 転校生だと紹介されることにも慣れ、いつか訪れるであろう別れを意識した人付き合いをするようになった。

 寂しいと思ったこともある。けれどそれを口にすることはなかった。

 身体が丈夫ではなかったことも、別れを意識させる要因であったように思う。

 これといった原因が見つからないにも関わらず、私の身体は上手く栄養を取り込むことができないのだった。

 食が細いわけではなかったのだが、どれだけ食べても太らず、むしろ痩せていくのには困ってしまった。

 父が全国から取り寄せてくれる栄養価の高いものを食べながら、なんとか生きているようなものだった。


 大学に合格したとき、一人暮らしを提案した。

 しかし父は許してくれなかった。

 結局、卒業までは引っ越しをしないで済むよう頑張る、という父の言葉を信じることになった。

 心の底では納得しきれていなかったものの、一人暮らしに反対する父がいつになく真剣だったこともあり、私は親離れの機会を先延ばしにしたのだった。


 唐突に訪れた親離れに、私は数日ぼんやりとして過ごしていた。

 すでに夏季休暇に入っていたため、一日中ぼうっとしていても問題はなかった。

 父の遺品整理をして、もう少し小さな家に引っ越そうと思ってはいたものの、なかなか行動に移せなかった。

 大学一年の頃に一時期交際していた相手から、私を心配する連絡が来た。

 未だに気にかけてくれているのだとありがたく思ったものの、その優しさに寄りかかる気にはならなかった。

 父との二十年間は、私の全てだったのだと思った。


 これではダメだと首を振り、もう一度眠ろうと努めた。

 太陽が窓から射し込む時間になるまで布団に寝転んでいたが、結局眠ることはできなかった。

 私は諦めて起き上がり、重たい頭を抱えながら洗面所へと向かうのだった。


 朝食とも呼べない代物を惰性で口にした後、私は父の部屋へ足を踏み入れた。

 途端に父がこの部屋で生きていた記憶が鮮明に浮かび、涙が溢れてくる。

 いい加減に現実を受け入れなければならないのに、未だに玄関を開けて父がただいまと帰ってくる妄想さえ止められなかった。


 それほどに大切な父なのだが、私との間に血の繋がりはない。

 父は結婚さえしておらず、高校生になった時に打ち明けられたその事実に開いた口が塞がらなかった。

 それでは私がうっすらと覚えていた女性は誰だったのだろう。

 聞きたいことはないかと尋ねられ、その女性のことを問えば、彼女は母の友人なのだと言った。

 母は、父とは大学の同級生であったらしい。

 恋仲になったこともあったそうなのだが、結局母は別の男性と結婚すると言って大学を中退し、実家に戻ってしまった。

 それでも母を忘れられなかった父の元に、私を連れた母の友人が助けを求めてきた。

 父は大学を辞めて就職し、それから私を育ててくれたのだった。


 部屋を片付けていると、引き出しの奥から古びた写真と紙切れが出てきた。

 写真には若い父と一人の女性が腕を組んで写っている。

 その女性は、私にそっくりだった。


「これ……お母さん……?」


 顔のパーツひとつひとつを見れば、似ている部分とそうでない部分があることは分かる。

 けれど全体の顔の印象としては、間違いなく血の繋がりを感じさせるものだった。

 写真の中の父は幸せそうに笑っていた。

 もちろん、母も。

 こんなにも仲睦まじそうな二人なのに、どうして母は別の人と結婚してしまったのだろう。

 写真と共にしまわれていた紙はしわくちゃで、雨に濡れたのか文字も滲んでしまっている。

 

『××子の名××春子で×。頼め××はあ××しか××い。村××に×見××××いで。絶対に×××来×××い×。』


 春子はるこ、それは私の名前だった。

 父の名前は春明はるあきと言ったから、私は父の子であると疑いもしなかったのだ。

 母は、本当はずっと父のことが好きだったのではないだろうか。

 父ではない男と結婚したのには何か理由があって、それでもなお父のことを愛していて、それで私に父の名から取った名前を付けたのでは?

 確認することはできないけれど、きっとそうなのだろうと思った。


 母の実家はどこかの村にあるのだろうか。

 どうして私を父に預けたりしたのだろうか。

 写真の中の母に尋ねてみても、返事はなかった。


---


 蝉の鳴き声ばかりが耳に響く昼、部屋の整理をキリのいいところまで終えた私は扇風機の前で休憩していた。

 クーラーを付けたい気持ちはもちろんあるが、埃が立つ以上換気をしながら整理しなくてはならない。

 冷蔵庫で冷える麦茶を数十分に一回は飲みつつ、のんびりと整理をしていた。

 再開するかと立ち上がった時、インターフォンが鳴った。

 ここ最近誰かが訪ねてくることもなかったため、一瞬動きが止まってしまう。

 部屋を出て玄関まで行き、覗き穴から向こう側を見た。

 見知らぬ年配の女性が二人、立っていた。

 男性ではなかったことに少し安心しつつ、チェーンをかけたまま玄関を開けた。


「あの、どちら様でしょう。何かの勧誘でしたらお断りします」

「あら! 違うのよ、勧誘とかじゃないの」

「まぁ、本当にそっくり」

「あなた、春子さんで間違いない?」

「はい……確かに私は春子ですが……」

「ああ、ごめんなさいね。怪しいものじゃないの。私、水下みずした沙保里さおりと言います。こちらは水田みずた絹江きぬえさん。私たち、あなたの産まれた村から来たのよ」

「私の産まれた村……」


 では、この人たちは母のことを知っているのだろうか。

 突然の出来事に混乱しつつ、私は二人を家の中に招き入れた。

 私の本当の両親のことを知っているのなら、玄関先で長々とする話でもないだろう。

 長方形のテーブルに、向かい合うように座布団を出す。

 二人に麦茶を出し、私も座った。


「えーと……突然こんなことを言うのも失礼だと思うのだけど、あなたの本当のご両親は、あなたを育てた方とは別にいるの」

「はい、そのことは父から……その、育ての父から聞いていました」

「産まれて少しして、あなたが村からいなくなってしまってね、ずうっと探してたのよ」


 母の友人だと言っていた女性は、私を他の誰にも告げずに村から連れ出したということなのだろうか。

 その女性が私を連れ出したことは、この人たちの知らぬことかと思い、口にするのはやめておいた。


「あなたにはね、双子の妹がいるの」

「双子の妹、ですか」

「そう。冬子ちゃんって言ってね、ついこの間、結婚したのよ」

「それは、おめでとうございます」

「その旦那さんがね、あなたと同じ大学だったんですって。冬子ちゃんに瓜二つの子がいるのだと聞いてね、それでもしかして春子ちゃんなんじゃないかって話になって」

「これ、結婚式の時の写真なの。これが冬子ちゃん。ね? そっくりでしょう?」


 二人の女性は、変わるがわる私に話した。

 顔は全く似ていないのに、この二人の方が双子なのではないかと思うほどに、息がぴったりと合っている。

 差し出された写真には、確かに私そっくりの女性が白無垢姿で微笑んでいた。

 双子の妹がいるなんて信じられなかったが、この写真を見せられては信じる他ない。

 母は、どうして私だけ村から追い出すようなことをしたのだろう。

 瓜二つとは言うものの、痩せ細った私に比べて妹は羨ましいくらいに健康そうな顔をしている。

 村で暮らしていた方が幸せだったのではないだろうかと、そんなことを考えてしまった。

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