第15回/妹は死に戻る〜お姉様は悪役令嬢なんかじゃありませんわ!〜/総合68位

第1会場8番

1位票:1/2位票:3/3位票:2

会場21位/総合3位



《あらすじ》

侯爵令嬢であるブリジットの実姉、アデレイドは第二王子の婚約者だった。

突然の婚約破棄騒動、そして無実の罪による断罪。

屋敷から抜け出しアデレイドの処刑の瞬間を見たブリジットは気を失い、目覚めると赤子になっていた。

混乱の中、自分が産まれた瞬間に戻っているのだと理解したブリジット。

周囲に対する様子からアデレイドには記憶がないと判断したブリジットは決意する。

二度目の人生は、必ず姉を幸せにすると。

なりふり構わず頼れる人間を味方に付けていくブリジットだったが、それは継母やヒルダの怒りを買う行動でもあった。

多方面からの妨害を受け、立ちいかなくなったブリジットを助けたのは意外な人物でーー



《本文》

「ブリジット、わたくし、婚約破棄されてしまったわ」


 姉であるアデレイドの口からそんな発言が飛び出したものだから、ブリジットは大好きなクルミ入りのスコーンを味わうことなく飲み込んでしまった。

 傍に控えていたメイドが差し出す紅茶を一口飲み、ブリジットは居住まいを正した。


 今日のこの時間、アデレイドは王城にいるはずだった。

 それなのにこうして屋敷の中庭でお茶をしていたブリジットの元に突然現れたかと思うと、涙ぐんで婚約破棄されたなどと言うのだから、これはただならぬ事態が起きているに違いない。

 まだ十歳でありながら、ブリジットは頭のいい娘だった。


 アデレイドはこの国の第二王子と婚約していた。それも、王子に見染められて結んだ婚約だと聞いていた。

 王子からの一方的なものではなく、アデレイドも憎からず思っていたことをブリジットは知っていた。それがどうして婚約破棄ということになってしまったのだろう。


 それにアデレイドは、今の時代では希少な回復魔法の使い手だった。

 一日に一度だけ、骨折程度の怪我を治すことができるのだ。


 昔は潤沢だった人間の持つ魔力量は激減し、まれに先祖返りと呼ばれる人々がわずかな魔力を持って生まれるのみとなっていた。

 彼らはそのわずかな魔力で、自身の最も得意とする魔法をほんの少しだけ使えるのだった。


 侯爵令嬢であるアデレイドを第二王子の婚約者にという話が王から出た時、その力を王家のために使えという裏があるのではないかと周囲は考えたらしい。

 しかしアデレイドを目の前に、真っ赤な顔をして花束を差し出す第二王子の姿を見て、本当に恋をしているのだと微笑ましい雰囲気に包まれたとか。


 アデレイドの婚約云々の頃、ブリジットはまだ屋敷の子供部屋から出られなかった。

 だから全ては伝聞なのであるが、まさかその何もかもが嘘偽りというわけはないだろう。


「あらアデレイド、ここにいたの」

「ヒルダ……」


 アデレイドやブリジットの煌めくような黄金色の髪とは違い、赤毛に近い茶色の髪を結い上げたヒルダが中庭に姿を現した。

 一人だけ母親の違うヒルダは、父親の再婚相手の連れ子である。

 ブリジットと引き換えに妻を亡くした父に、上手いこと取り入って結婚したのだと、ブリジットを育てた乳母ナニーがこぼしていた。


 侯爵は、自分の意志というものがあまりない人間だった。

 ブリジットの目から見てもそうであるので、まず間違いなく周囲の貴族たちからも同じように思われている。

 そこに付け込まれたのだろう。新しい母はアデレイドと同じ年齢のヒルダと共にこの屋敷へやってきた。

 アデレイドとヒルダは既に子供部屋からは卒業し、デビュタントのための支度をし始める年齢であったから、ブリジットは直接ヒルダと関わり合ったことはほとんどない。


 幼い頃のブリジットは身体が弱く、子供部屋から出る以前にベッドから出ることさえまれだった。

 アデレイドは毎日、可愛らしい花を土産にお見舞いに来ては、その日にあったことを語って聞かせてくれた。

 ヒルダは実の妹でもないブリジットに割く時間などないとでも言わんばかりの態度で、元気になって子供部屋から卒業した今でもほとんど関わらない。


 そんなヒルダは、ブリジットのことなど目に入れずアデレイドに近付いた。

 ブリジット付きになっているメイドたちが、顔には出さないが明らかに機嫌を悪くする。

 アデレイドとヒルダそれぞれのメイドたちは、隠すこともせず、互いに火花を散らしていた。


「王妃陛下主催のパーティで婚約破棄騒動だなんて、随分ですわよねぇ」

「…………えぇ、そうね」

「リチャード王子殿下、よほど鬱憤うっぷんが溜まっていたのかしら、貴女が出て行ったあともすごかったのよ? 王城での過ごし方もなっていないし、貴族令嬢たちへの嫌がらせの数々も明るみに出たとか。あぁ、王城から貴金属のたぐいを盗み出してもいたんですって? 大人しい顔して、とんだ悪女ね」

「そ、そんなことしていませんわ!」


 真っ青な顔をしたアデレイドが叫ぶ。

 ニヤニヤとした嫌な笑顔を隠そうともしないヒルダを見てブリジットは思った。

 これはヒルダの嫌がらせなのだと。

 メイドたちから聞くところによると、ヒルダは礼儀作法から一般教養から何に至るまでアデレイドに勝てた試しがないらしい。

 だから第二王子からの婚約破棄という汚点を最大限に利用して、アデレイドをおとしめようとしているに違いない。


 しかし、ブリジットの予想は悪い方に外れた。

 ヒルダが言った言葉が、真実であるとされたのだ。

 言い出したのはヒルダではなく第二王子と、王城に勤める使用人や騎士たち、そして王に近しい貴族たちだった。


 アデレイドは必死に弁明したが、それに味方する者は誰もいなかった。

 何かの間違いだと思っていても、まだ幼いブリジットにはどうすることもできなかった。

 父親にアデレイドの無実を訴えたが、もう話が大きくなり過ぎていて自分にはどうすることもできないと言われてしまう。

 侯爵家の名誉を守るために、アデレイドの名誉を守るために全力で尽くすのが当主ではないのですかと詰め寄ったところで、継母がブリジットを父の書斎から追い出した。


 継母も、当然のようにアデレイドを守ることはしなかった。

 アデレイドの悪い噂を全て真実だとし、軽蔑けいべつの目で見つめるだけだった。


 事態はそれだけに留まらなかった。

 アデレイドの回復魔法が、周囲の者の命を吸い取り行使しているとされたのだ。

 聖女扱いだったアデレイドは一転して悪しき魔女であるかのように噂された。

 ブリジットたちの母が死んだのも、アデレイドの魔力のせいだとまで。


「私に近付くと、寿命が縮むのですって。ブリジットも、もうここへは来ない方がいいわ」


 そう言って自室から追い出そうとするアデレイドは、髪のツヤも失い、頬もこけて病人のようだった。

 ブリジットは涙をこらえ、やせ細ったアデレイドの身体をきつく抱きしめた。

 抱きしめることしか、できなかった。


 貴族どころか国民全体に広まってしまったアデレイドの悪評を、国王はついに無視できなくなった。

 今までも負担の大きな税金に不満の声は大きかったが、ギリギリのところで持っていたのだ。

 それが、自分たちから巻き上げられた金が悪女に使われているという情報ひとつによって決壊した。

 国民たちの間で反発が一気に噴出し、暴動が起きる瀬戸際まで来てしまったのだ。


 王都の平民たちがいっせいに暴動を起こすとなれば、その混乱を治めるには多くの労力を必要とし、国民の血を流せばさらに問題は拡大してしまう。

 暴動を未然に防ぐため、王は国民の抱える不満の全てをアデレイドに押し付けることにした。

 アデレイドの公開処刑が決まったのである。


 処刑当日ブリジットは屋敷から出ないように言われていたが、最愛の姉が処刑されるのを黙って家で待っていられるわけがなかった。

 泣き伏せっているふりをしていたベッドから抜け出し、前もってメイドの私服からこっそり借りていたワンピースを身につける。

 持っているスカーフの中で一番地味なベージュのものを頭からかぶり、庭師に教えてもらった抜け穴から這いつくばって屋敷の外へと飛び出した。


 初めて屋敷の外に出たブリジットだったが、処刑場へ向かう人ばかりだったので、人の波に乗って迷うことなく広場へと着くことができた。

 乱暴な言葉を吐き出しながらアデレイドに石を投げる平民たちの隙間から、中央に組み上げられた処刑場を見る。そこにはただ、断頭台だけが置かれていた。


 粗末なドレスを着せられ、裸足のまま断頭台の横に立たされたアデレイドの顔からは、表情が完全に抜け落ちている。

 処刑を見届けに来たらしいヒルダの姿を見つけ、思わず身を縮こませたブリジットは、その唇が弧を描いたのを見た。


(お姉様)


 ブリジットの目から大粒の涙が溢れ出した。

 王都中の悪意が、いっせいにアデレイドに向けられている。何が真実で、何が嘘かなんてもう関係なかった。


(こんなことって)


 滲む視界の先で巨大な刃が落とされアデレイドの首を切断した瞬間、ブリジットの意識も暗転した。



 目を開けたブリジットは、見たことのある女性に抱え上げられていた。

 自分の身体が勝手に動き、大きな泣き声を上げる。

 混乱の中ひとしきり泣き叫んでようやく落ち着いたブリジットは、自分が赤ん坊になっていることに気付いてもう一度泣いた。


(どういうことですの!?)


 アデレイドの処刑を目の当たりにしてショックのあまり死んでしまい、記憶を持ったまま新たな命として生まれ落ちたのかと変に冷静になりながら考えていると、記憶の中の父よりも幾分いくぶん若い父が部屋に入ってきた。


 目を真っ赤に腫らした父はブリジットを抱き上げ、大きな手で頬を包み込んだ。


「名前は先に二人で考えていたんだ、可愛いブリジット……」


肌触りのいい布に包まれたブリジットは、我慢しきれずにまた泣き出した父にぎゅうぎゅうと抱きしめられながら思考する。


(目の前にいるのは間違いなくお父様。そしてわたくしにブリジットと名付けた。どういうことですの? お姉様が死んで、何かの魔法が発動した? だとしたらわたくしだけでなく、お姉様の時も戻っているのかしら)


 父の肩越しに室内を眺めていたブリジットは、扉が開く音を聞いてそちらを見た。

 そこには先程までの自分とそっくりな、アデレイドが立っていた。

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