第15話

躱す、躱す、躱す。

命を刈り取りに来るダイスの攻撃を、身を翻して避け続ける。


「コロス!コロス!コロスッ!!」


身体の急所を執拗に狙ってくる攻撃は、冒険者としてダイスが培ってきた技だ。

まさに一撃必殺。

一太刀でも浴びれば、お陀仏コースだ。


短剣の斬り上げからの回し蹴りが来る。

腕を十字にクロスさせて、打撃のみを防御する。


「ぐっ」


衝撃で少し後ろにずり下がる。

折れてはいないが、骨に響く痛みだ。

今までのダイスより、パワーとスピードが格段に上がっている。

並の冒険者じゃ、歯が立たないだろう。

これが魔族の力なのか…。


「シネッ」


「っ、!くっ!!」


短剣を振り下ろされる。

横に避けようとするが、雨で土がぬかるみ足が滑ってしまう。

咄嗟にグローブの手の甲で弾き返す。

すると、ダイヤモンドの硬度に負けたダイスの短剣の刃が綺麗に砕け散った。

間髪入れずに、ダイスの右脚が近寄ってくる。

回避する事ができず、脇腹に直接、ダイスの蹴りが入った。


「がはっ!!」


勢い良く地面を転がる。

既に全身は泥だらけだ。


「くそっ…。どうすりゃいいんだ…」


痛みに耐えながら、瞬時に起き上がる。

離れた距離にいるダイスは、砕けた短剣をゴミの様に放り投げた。

愉快そうな表情でコチラを見つめている。


「ダイス!俺だっ!アブルだっ!頼むっ、正気に戻ってくれ!!」


「ニンゲン、コロス」


再び、ダイスの攻撃の雨が降り注ぐ。

刃物がなくなった分、脅威度は落ちたが、防戦一方の展開だ。


対話を試みたが、相手にその意思はない。

ダイスを傷つけたくはなかったが、気絶させるくらいしか方法は思いつかなかった。

しかし、彼を気絶させて、本当に正気に戻るのか?と聞かれたら、自信を持ってはい!とは答えられない。

でも、このまま何もしないでいたら、確実に殺されるだけだ。

現状を変えるためには、やるしかない。


「シネ!シネ!シネッ!」


全ての攻撃を回避する。

主に短剣が主体だったダイス。

無手の攻撃は慣れていないのだろう。

無駄な動きが多すぎるし、大振りは隙だらけだった。


「シネッ!!!!」


右ストレートの大振りを繰り出すダイス。

カウンターのチャンスと判断した。

左に避けてダイスの顔を掴み地面に叩きつける!…はずだった。

俺は、顔に伸ばした腕を途中で止める。

ダイスの左目から一筋の涙が流れていたのだ。


「…ははっ。やっぱお前は凄いよ、ダイス。お前は魔族なんかに支配される程、脆い精神してないもんな」


「ウルサイッ!シネッ!!」


「ぐはっ!!」


ダイスの涙を見て油断してしまい、回し蹴りをモロに喰らってしまう。

視界がぐるぐると回る。

飛び跳ねる様に、地面を転がっているのがわかった。

全身が痛みに襲われ、意識が朦朧とするが顔がニヤけてしょうがない。

直ぐに起き上がり、離れた距離にいるダイスに笑顔で呼びかける。


「ダイス!そこにいるんだろっ?早く帰ろうぜ!!」


「ウルサイッ、ダマレッ!」


全身から黒いオーラを纏うダイス。

既に右目からも涙が出ており、彼の意識が強くなっているのがわかる。

そんな彼目掛けて、ゆっくり歩き出す。


「なぁ、ダイス!今日の夕飯、何がいい?疲れたから豪勢なのにしようぜ!!明日から長い旅も始まる事だしな!」


「シネ、シネッ!!」


ダイスから、闇属性の炎魔法が放たれる。

ロジーと比べると大きさが桁違いだ。

この魔法で草木を焦がし、クレーターを作ったのかもしれない。

でも…、


「悪いな、ダイス。俺、魔法効かないんだわ。ってか、その魔族の力貰っちゃえよ、ダイス!そうすれば、百人力だ!魔王なんか怖くないな!あっはっは!」


「…ハ?」


魔法が消えた事に驚きを隠せないダイス。

焦った様に何発も同じ魔法を繰り出して来る。


「チカヨルナ、チカヨルナ、チカヨルナァッ!」


「だから効かないって。魔法が使えない俺への当て付けか?酷いじゃないか、ダイス」


無数の魔法を無効化しながら、とうとうダイスの目の前に辿り着いた。


「シネェェェエエエエエエエ!!!!」


近距離なので殴ろうとしてきたダイスの拳をキャッチして、無理矢理掌を開かせる。


「ほら、もう盗られんなよ。お母さんの形見なんだろ?」


「ア…」


ダイスの掌の上に取り返した銀の指輪を置く。

ダイスは、それを一目見ると黒いオーラと殺気が霧散する。

俺はダイスの頭に手を置き、優しく撫でる。


「ありがとな。ダイスを守ってくれて」


「ハ…?…ナニヲイッテルンダ?オマエ…」


「だってお前の力で魔物を倒したんだろ?そのおかげでダイスは生きてる。だから、ありがとうだ。…ってか、良く考えたらお前もダイスの一部だよな。多重人格?で合ってんのか?何かややこしくなってきたわ…」


ダイスの中に元々いた魔族のダイスだからコイツもダイスだ。

だから、多重人格で合ってるよな?たぶん…。

あぁ!もういいや!頭がこんがらがる。


「オイ、ホンキデボクヲタビニツレテクノカ?マゾクナンダゾ⁉︎」


「勿論、連れて行く。もし、ダイスが同胞を倒すのが嫌だったら、戦闘には参加させない。もし、同じ様な事があれば叩き潰す!…ダイスには色々な世界を知ってほしいんだ。この先、ダイスを歓迎する街や人がいるかもしれないだろ?仮にいなかったとしても俺がずっと一緒にいてやる。ってか、俺がダイスと一緒にいたいんだ。独りで旅するのは、もう嫌なんだ。寂しくて辛い」


あははと苦笑いを浮かべるとポカンとするダイス。


「…アッソ。スキニシナヨ」


いきなり、投げやりにそっぽを向くダイス。

普段のダイスと違って、こっちのダイスはちょっと可愛げがない。


「…ねぇ、アブル。この子の事、よろしく頼むよ」


「任せてくれ」


彼は、小さく微笑むと2本の角が、黒い粒子になって消え去った。

黒い瞳には、ハイライトが戻り表のダイスが正気に戻る。


「…あれ?ダイス…さん?…僕…何………を……」


「おっと…」


しかしそれも束の間、ダイスは意識を失い前に倒れる。

地面に激突しない様に、両手で優しくキャッチする。

これはマインドダウン、魔力の使いすぎだろう。


「おかえり、ダイス」


腕の中にいる少年に向けて呟く。

空を見上げれば、いつの間にか雨が止んでおり、雲の隙間から紅い日差しが指していた。

「この子と初めて出会った日も、夕暮れだったな」と独りごちる。




◼️




スミノ街は大騒ぎなっていた。

クリフの魔笛使用と魔族侵入がギルドに伝わっていたのだ。

俺は、すっかり忘れていたので何もしていない。

ギルドに行って自主でもしたのかと思ったが、実はケヴィンが捕らえたらしい。

俺と別れた後、ケヴィンも必死に俺を追いかけていたみたいだ。

遠くから俺と女魔族の一部始終を見ていたとの事。

クリフパーティー全員をギルドまで連行して、報告をしたそうだ。

その後も色々とあり、魔族討伐の件で王都に招聘されるが断った。


そして現在ー、


「ダイス、忘れ物ないな?」


「はい!大丈夫です」


「よし、行くか!」


ここは、スミノ街の外。

広大な大地に、澄んだ風が吹き抜ける。

昨日の雨が、まるで嘘だったかの様に晴れわたった空だ。


「お母さん、行って来ます」


ダイスが両手を合わせて街に一礼をする。

俺も合わせて頭を下げる。


「ありがとうございます、アブルさん。お母さんも喜んでいると思います」


「ん、そうか?そうだと嬉しいな」


踵を返して、2人並んで歩き出す。


「そういえば、アブルさん。次はどの街を目指すんですか?」


フード付きのマントを被ったダイスに問われる。

そういえば、ダイスにはまだ伝えていなかったなと思う。

まぁ、昨日思いついたばかりなんだけど。


「次の街はここから北上して、ウルフの森を抜けた先にある魔法都市に向かう」


「え?それって、まさか!」


「あぁ、魔法都市ファジアス。世界有数の魔法使いを輩出したという魔法学校がある都市だ。魔法の勉強をしに行くぞ!ダイスっ!!」


この日、アブルの魔王討伐パーティーに初めての仲間が追加された。



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