第14話
時は少し戻り、アブルもまた街を散歩していた。
昨日は、ダイスのおかげで目を覚ます事が出来た。
自分の目的も決まり、もうこの街に滞在する理由もなくなった。
改めて、ダイスを仲間に誘うと、返事は保留だった。
まぁ、それも仕方ない。
自分でも急すぎたと思っている。
別行動を提案して、もう二度と戻って来ないであろう街を1人で散策していた。
うーん、視線がウザい。
行き交う人間達の視線が突き刺さる。
気分は動物園のパンダだ。
勿論、いい意味ではない。
散歩はやめだ!外に出よう。
最初で最後の散策を諦めて、街の正門に向けて歩き出す。
◼️
「よぉ、ケヴィン。今日も門番、ご苦労様。何か変わった事はなかったか?」
「…」
ケヴィンは此方を一瞥もせず、真っ直ぐ前を向いている。
俺は気にせず喋り続ける。
「まぁ、無視するよな。領主の意向じゃどうにも何ないよな。ケヴィンにも生活があるし、わかってるよ」
「…」
いつの間にか、ケヴィンは俺を蔑ろにする様になった。
門番の仕事以外は、全て無視。
これも領主の仕業だとわかっていた。
「俺はさ、この街が嫌いだ。この街の人間なんてもっと嫌いだ。ダイスを迫害する奴らを、何回も本気でぶん殴ろうと思った事がある。…でもよ、必ずダイスの姿が頭によぎるんだ。お母さんが好きだったこの街の人々を僕は傷付けたくないです!って言葉がね」
「っ、⁉︎」
「おっ!今、反応したな。ちゃんと聞いてくれていて嬉しいよ、ケヴィン。でもあんたの気持ちもわかるぜ、あり得ないよな。自分は毎日の様に傷付けられていた筈なのに、傷付けたくないなんて。でも、本気だった…。ダイスは、底抜けのお人好しだったんだ。どんな風に育てれば、あんな地獄の様な環境でも聖人みたいな人間に育つのか、ダイスのお母さんに聞いてみたいよ」
「……あの子のお母さんも聖女様みたいな人だったよ。誰にでも優しくて、美人で、あの人を嫌う人間なんてこの街に存在しなかった…。でも、早すぎた…。皆んなショックだった…。気が動転していた…。若くして亡くなるとは…、思ってなかったんだ…。それを…俺は、俺達は……、全部あの子に押し付けて………」
遂にケヴィンが口を開いた。
顔はそのまま真っ直ぐ前を向いていたが、その声には涙と後悔の色が見えた。
俺は、この世界の人間じゃない。
忌み子にも偏見をはないし、もしこの世界に奴隷という文化があれば偽善者ぶって助けるだろう。
冒険者というその日暮らしの職業だ。
金だって大して持っていないし、守るべき家族も遠くにいるし迷惑はかからないだろう。
だから、簡単に全てを捨て去る事が出来る。
でも、スミノの人間はそうじゃない。
この世界で産まれ、この世界の文化で生きてきた人達だ。
この街を拠点として生活をしている。
守るべき存在があるだろうし、自ら不幸を望む人間などいないだろう。
前世で例えるなら、残業が少なく給料が良いホワイト企業に勤めているのに、残業だらけでしかも給料が低いブラック企業にわざわざ転職するみたいなものだ。
どう考えても嫌だ。
だから、彼らの気持ちも少しはわかる。
「…さっきこの街の人間が嫌いだと言っていたが、2人だけ例外がいる。受付嬢のアンナとあんただ。あの日、俺を心配して忠告してくれたのは嬉しかった。だから、ケヴィンにだけは伝えておく。俺は明日、この街を出て行く。ダイスも連れて行くつもりだ。後はアイツの返答次第だけどな」
「…そうか。だから、彼はあんな難しい顔をしてたのか」
「ん?もしかして、ダイスも外に出て行ったのか?」
「あぁ。珍しく今日は、お前と一緒に居なかったから覚えている。凄い悩んだ表情をしていた。たぶん、俺がいた事にも気付いてないと思う。いつもの様にウルフの森方面に歩いて行ったぞ」
「…そっか。出来れば仲間になってほしいが、そこまで葛藤する何かがあるのか…」
「「!!」」
瞬間、北の方角から爆発の様な音と地響きが伝わる。
ケヴィンも振り返り、北を見てから目を見合わせる。
「何だっ⁉︎今の音はっ⁉︎」
「…わからない。何かが爆発した音だった。…!なぁ、ケヴィン。今の音、北から聞こえてきたよな…?」
「あ、あぁ。っ、!まさかっ、ウルフの森かっ⁉︎」
「そうだっ、ダイスが危ないっ!!おいっ、ケヴィン!ダイス以外に誰か森に向かった冒険者はいるかっ⁉︎」
鬼気迫る表情でケヴィンに詰め寄る。
ケヴィンは少したじろぐがすぐに返答する。
「そ、そうだ!クリフ達だっ!クリフ達が向かって行ったぞ」
その言葉を聞いてプツンと堪忍袋の緒が切れた。
全速力でウルフの森に向かう。
「おいっ、アブルっ!!待てっ、1人は危険だぞ!!」
悪いな、ケヴィン。
お前の忠告は無視してばかりだわ。
心の中でケヴィンに謝罪をする。
でもよ、ここは俺に任せてほしい。
俺にだって我慢の限界はあるんだ。
アイツらは、その境界線を軽く飛び越えたんだ。
黒い感情に心が支配されそうになると、一粒の雫が頬を伝う。
雨が降ってきた。
徐々に強くなる雨が、全身を襲う。
待て、先ずは情報だ。
ダイスはこの3ヶ月でとても強くなった。
そんな簡単にくたばる男じゃない。
闇雲に探しても時間と体力を消耗するとだけだ。
不思議な事に雨のおかげで、少し冷静になれた。
今、置かれている状況を考えながら走り続ける。
「あっはっはっはぁ!恵の雨だぁ!神様が俺達を祝福しているぞぉ!!」
遠くから聞き覚えのある喧しい声が聞こえる。
雨の中で、騒ぎを起こしている集団を見つけた。
「おい、クリフ!魔笛を使うなんて聞いてないぞ⁉︎国にバレたら大罪人なんだぞっ⁉︎」
「そうだよっ!ってか、何でクリフがそんなもん持ってんだよ⁉︎もう終わりだよ…俺達は…」
「なぁ、クリフ。お前…、何か最近、おかしいぞ…。流石のお前も殺す事だけは、しなかったじゃないか…。今日も痛ぶるだけって聞いてたのに…、お前、どうしちゃったんだよっ」
「あ?バレなきゃ罪にはなんねーよっ!!最終的にダイスを殺すのは魔物だ、俺達じゃない!!魔笛はグレースがくれたんだ。ホントっ、お前は良いお、ぐふっ!!」
話に割り込む様に、クリフの首を片手で掴む。
殺さない様に注意しながら、ゆっくりと身体を持ち上げた。
「おい、ダイスは何処だ、早く言え。その後にお前らの相手をしてやる」
「「「ア、アブルっ⁉︎」」」
クリフはもがき苦しみ、必死にジタバタと抵抗する。
すると、彼は右手から何かをポロッと落とす。
地面にあったのは、銀色に光るダイスの指輪と黒い小さな笛だった。
ゴミの様にクリフを投げ捨て、指輪と笛を拾う。
その瞬間、目の端である事を捉えた。
グレースという名の女冒険者の前に移動し、心臓を拳で貫いた。
「は…?がはっ!!」
「間合いにいてくれてありがとう。おかげで楽に殺せたよ」
女は驚愕した表情で大量に吐血した。
強引に拳を引き抜くと、空いた胸からも大量に赤黒い血が飛び散る。
汚い血だ。
雨が降っていて良かった、このまま洗い流してほしい。
「ぐ、グレースっ!!お、お前っ!!これは、殺人だぞっ⁉︎」
「…ちゃんと見ろ。コイツは本当にお前らの仲間なのか?」
目の前にいる女冒険者の身体が顔から全身にかけて変化する。
頭には目立つ一本の角。
黒髪黒目でコイツもスーツの様な物を身に纏っていた。
表情は今にも死にかけでこちらを睨んでいる。
「「「ま、魔族⁉︎」」」
「き、様…なぜ、…私が…魔族だ…と……」
クリフのパーティーメンバー達は、自分の仲間が魔族だった事に驚きを隠せないでいた。
「お前からロジーと同じ黒いオーラが見えた。だから殺した」
「!…そう…か。……ロジーも、…お前が…」
「今はお前の相手をしている暇はない。さっさと消えろ」
「ゴフッ!!」
女魔族の顔面を殴り飛ばす。
衝撃に耐えられなかった名前も知らない女魔族は、黒い粒子となって消えていった。
やはり、その場に遺体は残らない。
あるのは大量の血痕だけだった。
「…あっ、あっ、あ、うわぁぁぁああああああああ!!俺はっ、俺はぁぁぁあああああ!!!!」
突然、男の叫び声が聞こえる。
その正体は、起き上がっていたクリフだった。
顔面蒼白で頭を掻きむしっている。
「痛ぶるだけのつもりだったんだ、殺すつもりなんてなかったんだっ!!でも、グレースに言われて、それで…。ウルフの森で、笛を…。あ、あぁっ、あぁっ、ああああああああああああ!!!」
錯乱状態に陥るクリフ。
だがその中に答えがあった。
近くにいたクリフのパーティーメンバーの胸ぐらを掴む。
「おい、俺は今からダイスを助けに行く。お前らはクリフを何とかしろ。あと絶対に逃げられると思うな」
男の冒険者をクリフの方に投げ捨て、全速力で再び走り出す。
「ダイス、無事でいてくれっ!」
その言葉は誰にも届かず、降り頻る雨の音の中に消えていった。
◼️
目の前には信じがたい光景が広がっていた。
森の一部は焼き焦げた跡があり、草原も禿げ見事なクレーターが出来ていた。
その中心には、鬼の様に2本の角を生やした魔族がいる。
その魔族の格好は、この3ヶ月間、一緒に苦楽を共にした少年と同じだった。
「…ダイス」
俺の存在に気付いたダイスと目が合う。
初めて出会った時と同じ死んだ瞳に戻っていた。
彼の口角がゆっくりと三日月の様に上がる。
「ニンゲン、コロス」
ダイスはとてつもないの殺気を放ち、短剣を抜いて襲いかかってきた。
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