第13話
アブルさんから魔王討伐パーティーに誘われた翌日、1人で街を歩いていた。
あの後、アブルさんの身の上話を聞いていた。
一番驚いたのは、やはり魔族に狙われている事だった。
普通は、こんな話誰も信じない。
だけど、この3ヶ月間、アブルさんと一緒に過ごして来たからわかる。
彼はとても優しい人だ。
初めはアブルさんを警戒していた。
今までにも、少し優しくしてから突き落として来る人間は多かった。
彼もその1人だと思っていた。
でも、違っていた。
最初から僕を忌み子として扱わず、1人の人間として見ていた。
忌み子の規則のせいで不幸になっても、嫌な顔一つせず、料理や魔物の剥ぎ取りを教えてくれた。
そのおかげで僕は、ボロボロの状態から健康的な身体を手に入れた。
そんな大恩人が話してくれた実情が、嘘に思える訳がない。
そしてその彼が、僕の力を貸してほしいと懇願してきた。
お母さん以外の誰からも必要とされなかった僕がだ。
とても嬉しかった。
涙が溢れそうだった。
お母さんが死んでから、二度と幸せな感情になれる事なんてないと思っていた。
アブルさんと一緒なら、魔族や魔王なんて怖くはない。
ずっと独りの方が、よっぽど怖い…。
だけど僕は…、
「アブルさん。1日だけ、時間をくれませんか?」
「そ、そうだよな、急過ぎたわ…。ごめんな、ダイス」
「いえ、アブルさんが悪い訳じゃ…」
「…そしたら、明日は久しぶりに別行動にするか。ダイスも俺が隣にいたら考え辛いもんな。それでいいか?」
「…そうですね、そうしましょう」
これが昨日の最後のやり取りだった。
本心は、着いて行きたい!
でも僕は、忌み子。
旅に出た所で、各地で迷惑をかける事は明白だった。
そんな自分は、やはり邪魔者なのでは?と考えてしまうのだ。
「どうすれば良いのかな?母さん…」
銀の指輪のネックレスを優しく握り、問いかけてみる。
勿論、答えは返って来なかった。
気分転換のために街の外に出ようと考え、正門を目指す。
僕はここでミスを犯した。
背後から忍び寄る複数の影に、気づく事が出来なかったのだ。
◼️
「最近は、晴れ間が続いていたのに…」
遮蔽物のない街の外は、気持ちの良い風が吹いている…はずなのだが、今日の天候は曇り。
今にも雨が降って来そうな、生憎の悪天候だった。
まるで、自分の心模様みたいだと思う。
時折、冷たい風が吹き抜ける薄暗い草原を、当てもなく歩き始める。
完全に無意識だった。
目の前に、森が見える。
ウルフの森だ、いつの間にかウルフの森に辿り着いていた。
太陽が雲に隠れているので、光が当たらず、いつもより不気味な雰囲気を纏っている。
依頼のために毎日、通い詰めていたので身体が覚えてしまったのだろう。
しかし、今日は依頼を受けていない。
短剣は装備しているが、マジックバックは持って来ていなかった。
引き返そうと踵を返す前に、立ち止まる。
少し身体を動かしたくなっていたのだ。
振り返らずにそのまま直進し、暗い森に飲み込まれる様に入って行った。
「っ、!…嫌な雰囲気だ。位置まではわからないけど、強い気配を感じる…」
森に入った瞬間、異変に気づく。
異様な雰囲気を纏っていたのは、天候のせいではないのかもしれない。
確実に、いつもと違う何かがこの森に潜んでいるのがわかった。
どうするべきだ?僕がギルドに異変を教える。
しかし、信じてもらえるだろうか…。
それとも、アブルさんを探して、一緒に調査に向かう。
これが一番無難か?
でも、アブルさんも僕のせいで同じ様に扱いをされてるし、これも無駄かも…。
瞬時に幾つもの案が出てくるが、上手くまとまらない。
「バインドっ!!」
突然、背後から男性の声が聞こえ、手足を拘束される。
拘束している手錠は、土で出来ている。これは、土属性の魔法だ。
平衡感覚を上手く保てず、地面に倒れる。
転がる様に、後ろに振り向くと楽しそうな笑みを浮かべたクリフが立っていた。
アブルさんに殴られて腫れ上がっていた頬は、完全に治っている。
後ろには、クリフのパーティーメンバーも嘲笑の目で僕を見ていた。
「く、クリフっ!!」
「ひっさしぶりだなぁ、ダイスぅ!!いつの間にか、元気になっちゃって…。俺は、悲しい…よっ!!」
「ぐっ!」
クリフの蹴りが鳩尾に入る。
声には出てしまったが、前とは身体付きが違うのでこれなら耐えられる。
後は、手錠をどうにかするだけだ!
「それにしても今日はついてるぜぇ。この3ヶ月間、ずっとストレスが溜まってたんだ。お前とあのアブルとか言う糞野郎は、いつも一緒だったからよぉ。忌み子のくせに、楽しそうに過ごすお前の姿が、憎くて!憎くて!!憎くて!!!憎くて!!!!」
「ぐっ、ぐふっ!ぐっ」
身体中を何度も踏み付けてくるクリフの攻撃を、身体を丸めて防御する。
力を入れて手錠を壊そうとするがびくともしない。
すると、突然クリフの攻撃が止む。
「だからよぉ、ダイス。お前の事、殺す事に決めたんだ」
「…は?」
クリフはにこやかに微笑んだ。
初めて見たクリフの笑顔は、とても歪んだものに見えた。
「ダイス。これ、なーんだ?」
「それは…、魔笛⁉︎」
クリフがポケットから取り出したのは、黒い魔笛だった。
何でそんな高価な物をクリフが…。
魔笛
魔笛とは、魔物を呼び寄せる事が出来る特殊な笛。
主に集団演習などで使われる物であって、少人数のパーティーだと自殺行為に等しい。
非常に危険な笛なので、高い金額で取り引きされている。
普通の冒険者じゃ、一生手に入らないレベルの代物。
使用する際にも規則があり、王国に申請が必要。
「せーかい♪ばいばい、ダイス。あの世で母親と仲良くしてな」
「おい!待て、クリフ。やめろっ!やめろぉぉぉおおおおお!!」
クリフは大きく肺を広げ、力強く笛を鳴らした。
独特な笛の音がウルフの森に響く。
クリフ以外のパーティーメンバーは、我先にと言わんばかりに逃げ出して行った。
クリフは、狂った様に高笑いをしていた。
「あっ、そうだ!これは貰っておくぜ?」
クリフは思い出したかの様の近づき、ネックレスをナイフで斬り、母さんの銀の指輪を盗んで行った。
「クリフっ!!それだけはっ!それだけは返せっ!!母さんの形見なんだっ!!!!」
「知ってるよ、ゔぁーかっ!!」
「おい、ふざけんなっ、返せっ、返せよっ!おいっ!!!」
鬼気迫る表情で睨みつけても、何も効果はなかった。
クリフは、最後の最後に満面の笑みを見せてその場からいなくなった。
まずい…。早くここから逃げて、アイツから指輪を取り返さないと!
必死に這い蹲りながら、芋虫の様に動く。
幸運な事に、魔物は全然来ていなかった。
これなら助かると思った瞬間、その時が訪れた。
バキバキと木をへし折りながら、真っ直ぐに此方に向かって来る音が聞こえる。
回転しながら後ろを振り向くと、最後の一本の木が倒されて正体を現した。
「お、オークの変異種…」
通常の赤いオークとは違い、黒色に変化している。
身長や牙もひと回り大きく、手には鉄製の斧を持っていた。
よく見ると、斧には固まった血が大量に付着している。
コイツがこの付近の魔物を片付けたのだと判断出来た。
変異種は僕を見つけると、嘲笑の笑みを浮かべていた。
まさか、魔物にまでその顔をされるとは思っていなかった。
ニヤニヤとゆっくり近づいて来る変異種。
脳内に、走馬灯がよぎる。
碌な人生じゃなかった。
母さんとアブルさん以外からは、迫害されただけの人生。
ただ、それだけ。
忌み子って、何なのさ…。
忌み子が本当に魔族なら、お前らなんかとっくに殺しているぞ…。
「ぐっ!!がぁぁあああああ!!!」
突然、頭が罅割れる様な痛みに襲われる。
目の前に、黒い靄に包まれたもう1人の自分の幻覚が見える。
そうだ、殺せば良いんだ。人間なんて。
何を考えてるんだ!ダメに決まってんだろ!!
人間なんて生きててもイミナイダロ。
そんな事ない!アブルさんみたいな、優しい人だっているんだ!
ソンナワケナイ。アイツモオナジダ、イツカハボクヲキリステル。
そんなことはっ…。
ゼッタイニナイトイエルノカ?
それは…。
モウイイ。ジブンノキモチニショウジキニナレ。コロシタイノダロウ?ニンゲンヲ。
…ずっと、やり返したかった。あのふざけた人間共を…殺してやりたかった!!
フフッ。ソウダ、ソレデイイ!メザメノトキダヨ、マゾクノコヨ。
…。
黒い感情に心が支配される。
思考に靄がかかり、どんどん意識が無くなっていく。
全身が熱くなり、黒い何かが駆け巡る。
「ニンゲン、コロス」
辺り一面、黒い炎に覆われる中、僕は意識を失った。
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