第11話

「ごめん…。ほんと、ごめん」


「いやいや。別にいいですよ!僕は、お肉が食べられるだけで嬉しいです!」


俺達は、ゴブリン討伐と薬草採取を終わらせて、ウルフの森から出ようとしていた。

その帰り道、2匹のホワイトウルフに遭遇した。

ちょうどお腹も空いていたので、食事にしようとダイスに提案した。

サクッと2匹のホワイトウルフを討伐し、食える部分の肉をナイフで剥ぎ取る。

ウキウキ気分で火を熾そうとすると、重大な凡ミスに気付いてしまった。

焼くための鉄板を忘れていたのだ。

調理器具は、いつも師匠が用意してくれていたので、すっかり頭の中から抜けていた。

そして現在、街までの帰路の途中、ひたすらダイスに謝っていた。


「本当にダイスがマジックバックを持ってくれていて良かった。鉄板の上で軽く焼いて、塩コショウを振るだけで美味しくなるから、是非食べてくれ」


「えっ⁉︎ダイスさんも一緒に食べましょうよ。是非、家に来てくださいっ!」


「…いいの?俺、今日、何の役にも立ってないけど…」


「そんな事ないですっ!ホワイトウルフの解体術はとても役に立ちましたし、無手での立ち振る舞いも参考になりました!…何よりも凄い楽しかったんです。誰かと一緒に依頼をこなすのが、こんなに楽しいとは知りませんでした。だから、そんな事言わないでください…」


母親が亡くなってからずっと天涯孤独で、しかも、街の人間からは迫害される日々。

それでも挫けずに、真っ直ぐ生き続けている。

誠実な心を失わずに、他人を思いやれる優しさを持っている。

ダイスは、聖人か何かなのかな?

忌み子ってのは、魔族ではなく天界の使い、つまり天使なのでは?

俺は、彼を救うために転生して来たのでは?と真面目に考える。


「ありがとう、ダイス。それじゃあ、お邪魔させてもらうよ。その代わり、料理は俺がやる。ダイスは、横で見て覚えてくれ。自分でも作れる様になろう!」


「はい!」


嬉しそうに返事をしたダイス。

彼の瞳の中にある小さな光が、少し増した気がした。


「そういや、ダイスって魔法使える?」


「いや、使えないです」


「そっかぁ。俺と一緒だ。武器は主に短剣?」


「そうですね」から始まって戦闘や魔物の知識など色々と話しながら、草原を歩く。

小さく見えていた外壁が近づくたびにどんどん大きくなって行く。

正門に戻ると、ケヴィンが門番をしていた。


「ケヴィン、昨日はありがとう。お陰で迷わずに、冒険者になれたよ」


首にかけてあるネックレスを持ち上げる様に見せると、ケヴィンは俺の存在に気付いた。

ケヴィンは隣にいるダイスと俺の顔を交互に見て驚く。

小さい声で「くそっ、領主の話は本当だったのか…」と呟き、俺の腕を取り、引っ張って行く。


「ちょっ!ケヴィン!どうしたんだよ⁉︎急に引っ張んなって!何か用事か?」


「何か用事か?じゃねぇよ!とんでもない事してくれたな⁉︎お前っ!何で忌み子なんかと一緒にいるんだっ⁉︎悪い事は言わないっ!今すぐあの子とは距離を置けっ!!大変な目に遭うぞ⁉︎」


少し離れた場所で不安そうにこちらを見ているダイスを指差して、ケヴィンは小さく怒鳴る。


「…残念だよ、ケヴィン。君もそっち側の人間だったのか…。俺を心配してくれるのはありがたいが、俺は絶対にダイスから離れない。あの子を仲間にするって決めたからな」


真剣な目をケヴィンに向ける。

彼は、何を言っても無駄だとわかったのか、大きなため息を吐いて腕を離した。


「…忠告はしたからな。お前の行く先は、地獄だよ…」


ケヴィンは俯いたまま、動かなくなった。

何も言わずにその場を立ち去り、ダイスの元に戻る。

心配するダイスに「大丈夫だよ」と声をかけ、街に戻って行った。




◼️




「なっ、何で⁉︎アブルさんは、忌み子じゃないんですよっ⁉︎」


突然、ダイスから悲痛の叫びが上がる。

冒険者ギルドに到着した俺達は、受付に依頼達成の報告に来ていた。

受付嬢はアンナではなく、とても接客業とは思えない無愛想な女だった。

報酬の銅貨を見て、ダイスの雰囲気が変わったのだ。


「チッ…。これは、領主様がお決めになられた規則です。我々冒険者ギルドは、それに従ったまでですので、どうかご理解を」


「そ、そんな…」


舌打ちまで繰り出し、一貫して冷たい態度の受付嬢。

徐々に拳に力が入るが、一呼吸を入れて心を落ち着かせる。

焦燥するダイスの顔色は、どんどん青ざめていった。


「どうしたんだ?ダイス。何か気になった事でもあったのか?」


「…僕達が受けた依頼の報酬は2つ。ゴブリン討伐は銅貨30枚、薬草採取は銅貨20枚です。二人組のパーティーとして受注したので報酬も2倍になります。つまり、銅貨100枚が正しい報酬です。けれどここには、銅貨50枚しかない…」


確かに、カウンターの上に置いてある銅貨は50枚だった。

俺はてっきり、それはダイスの分の報酬で、次に俺の報酬を持って来るものだと思っていた。

ダイスの言い方から察するに、どうやらそれは違うみたいだ。


「…僕は忌み子なので報酬が半額になる領主が決めた規則があります。でも、アブルさんは忌み子じゃない!本来は、75枚が正しいのに、アブルさんの報酬まで半額にされてるんです…。ごめんなさい…、僕のせいです。やっぱり、僕といると皆んな不幸になってしまう…」


ダイスは、何かを堪える様に身体を震わせていた。

俯いていた顔から、水が垂れ落ち、ギルドの床を濡らしていた。


ケヴィンの忠告に合点がいった。

どうりで昨日より、街や冒険者ギルドの人間達の視線が飛んでくると思ったら、そういう事だったのか。

どうやらここの領主様は、俺を忌み子と同等に扱う様に規則を設けたみたいだ。

昨日の今日でお早い判断だ。

ホントこの街の人間達は、反吐が出る。

まぁ、そんな事はどうでもいい。1番大切なのはダイスだ。

傷心中の彼のメンタルケアに取り掛かろう。


「そんな気にすんなって、ダイス!お前は何にも悪くないさ。そんな事よりも腹減った。飯、食いに行こうぜ!」


まるで、そんな事どうでもいいかの様に豪快に笑い飛ばす。

静かなギルドに、俺の笑い声が響く。

予想外の反応だったのか、ニヤニヤと見ていた冒険者達の顔が固まる。ついでに受付嬢も固まっている。


「ほら、ダイス。いつまでも俯いてないで、家まで先導してくれ。完璧な焼き加減の肉をご馳走してやろう!」


はーっはっはー!とさらに高笑いをして、ダイスの腕を引っ張り歩き出す。

振り返ると嬉しそうに笑うダイスの笑顔がそこにあった。




◼️




鉄板の上で肉の油がパチパチと撥ねている。

少しの血生臭さがあるが、美味しそうな香りが部屋全体に広がっていた。

ここはダイスの家。

大通りから入り組んだ道をかなり進み、外壁近くの住宅街の中にあった一軒家だった。

一階建ての内装は、1人で住むには十分な広さがあり、キッチンや家具などは古臭い物だったが綺麗に掃除されてあった。


「ダイス。もうすぐ完成だ。皿の用意を頼む」


「はい、わかりました」


ダイスが用意してくれた皿に、綺麗に切り分けたウルフのステーキを乗せる。

主食は、黒パン。

家に着く前に、朝に寄ったパン屋で2人分購入していた。

値段は何と1つ銅貨6枚。朝の倍の値段にされていた。

ここまで徹底的にやられると、何だか対抗心が湧いてくる。

何しよう?この街を出る前に何かをやり返したい。

料理をしながら、ずっとその事を考えていた。


「ほい、完成だ!」


テーブルの上にステーキを置いて、ダイスの相向かいに座らせてもらう。

ダイスは、目の前のステーキに釘付けだった。


「ほら、温かいうちに早くお食べ」


「ありがとうございます、アブルさん!それでは、いただきます!」


目の前で両手を合わせているダイスの姿に、驚きを隠せない。


いや、いただきますの文化あったんかいっ!!

どうなってんだよ!テスタ村の文化はよっ⁉︎

あそこだけ、原始人の集まりの村だったんじゃないか?

師匠も食事の時は何も言っていなかったけど、あの人優しいからあの村の文化の合わせていてくれたのかもしれない…。


「美味しい!凄く美味しいですっ!!アブルさんっ!」


ダイスが眼を輝かせて、美味しそうな表情を見せている。

最初は黒曜石の様だった真っ黒の瞳も、どんどん光が見える様になってきた。


「そっか。そりゃ、良かった!まだあるからたくさん食べるんだぞ?お前は、ちょっと細すぎるっ。筋肉を付けるには、やっぱりタンパク質だ!」


「たん、ぱくしつ?ですか?良くわからないですけど、このお肉なら毎日でも食べられます」


フォークで肉にがっつきながら、時折黒パンを間に入れる。

やはりまだまだ成長期、2匹分あった肉をダイスは、一食で食べ切ってしまった。

お腹も膨れて、顔色も少し回復した様に見える。

キッチンや調味料を借りたお礼として皿洗いを始める。


「ご馳走様でした。…ごめんなさい、アブルさん。僕、1人で殆ど食べてしまって…」


「お粗末様でした。気にしなくていい、また狩ってくればいいだけさ。俺の方こそ、大した料理じゃないのに気持ち良い食いっぷりを見せてくれて、何か嬉しかったよ」


「そ、そうですか。何か恥ずかしいです。でも、ホント美味しかったです!お肉を食べたのは、久しぶりだったので」


「へー。どれぐらい久しぶりだったんだ?一ヶ月くらい?」


「いえ、5年ぶりくらいです」


「…は?5年⁉︎」


首が千切れるレベルで振り返る。

ダイスはキョトンとした顔をしており、嘘をついている表情には見えなかった。


「い、今まで何を食べて生きてきたんだ?」


「主に黒パンです。たまに芋などの野菜を食べたりしていましたが、お肉は高くて買えませんでした」


驚愕の事実と1つの疑問が浮かぶ。

前世でも、ヴィーガンという全菜食主義者という人達はいた。

動物由来である食品を食べないで、野菜や果物を中心に、足りない栄養素はサプリで補う生活を送っていた。

日本ではわからないが、海外ではヴィーガンの人が早死してしまったニュースなどを良く見た事がある。


だが、彼は違う。

失礼な事を言ってしまうが、単純に貧乏で買えなかっただけだ。

ただ人間にも必要最低限の栄養がないと、死んでしまう。

パンと野菜だけの栄養で生きられるとは、到底思えなかった。

もしかしたら、この世界の人間は飢えに強いのかもしれないと結論づける。

色々と考えたが、これくらいしか思いつかなかったのだ。


「ダイス。これからはちゃんと肉も食えよ?焼くのが苦手だったら、また手伝ってやるからさ」


「そのままだと死んじまうよ」という言葉は、付け足さなかった。

今日からでも遅くはない。

ダイスに、ちゃんと食わせて元気にさせる!

子供を育てる親の様な責任感が生まれていた。


「あ、あの!その事なんですけど…、アブルさんさえ良ければ、これから一緒に家に住みませんかっ⁉︎」


「…えっ⁉︎」


もじもじとしていたダイスの驚きの提案に思考が停止する。

ダイスは、両手をあたふたとさせながら喋り出した。


「いえっ、あの、無理にじゃなくて良いんですけど。僕のせいでこうなっちゃったし、家に泊まれば宿泊代とかも浮かせられるかなって思いまして…」


なるほど。確かに、それは盲点だった。

宿泊費用は、軽視できない。

今の俺じゃ、銀貨を稼げるかわからない。

とてもありがとい提案だ。でも…


「いいのか?迷惑をかける事になるが…」


「ははっ、アブルさんが言ってくれたんじゃないですか!迷惑かどうかは、自分が決める事だ!って。僕が提案したんです。全然、迷惑なんかじゃないですよ」


今朝の言葉をそっくりそのまま返される。

これは、一本取られてしまった。


「ありがとう、アブル。それじゃあ、今日からお世話になるよ」


その代わりに家事を全部やると提案したら、それも自分がやるからいいと言い出す。

流石にそれは申し訳ないからと断っても、絶対に譲らないアブル。

素の彼は、意外に頑固なのかもしれない。

少し言い合いになるが、折衷案で交代制で家事をする事に決めた。

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