第10話

パチリと目を覚ますと、知らない天井だった…なんて事はなく、1番安い宿屋に宿泊していた。

1番安い部屋なのに、実家のベッドより寝やすかったとは、これいかに…。

ゆっくりと起き上がり、あくびをしてから、背中を伸ばす。

ポキポキとなる背骨が、心地良く感じる。


「うし、今日から冒険者だ。頑張らなくては!」


準備をして、張り切って宿屋の外に出た。

大通りを歩いていると、まだ早朝だというのに、開店している出店がちらほらある。

ふと良い香りに気づくと、そこはパン屋だった。

朝食として丁度良いと思い、近寄って行く。


「いらっしゃい、お兄さん。オススメは白パンだよ!」


何⁉︎白パンって何だ⁉︎

ショーケースに目を向けると、固そうな黒パンの隣に白いふわふわとしたパンが陳列されてある。

前世のコンビニやスーパーでなら、百円で売ってそうな見た目のパンだが、この世界だととても美味しそうに見える。

購入を決意し、金額を確認すると、目を見開く。


パン1個に銀貨1枚って高すぎねぇ⁉︎隣の黒パン、銅貨3枚だぞ…。

俺の宿屋だって銀貨1枚で1週間泊まれるし、武器屋でナイフとボロい収納袋もセットで銀貨1枚で買った。

この世界の物価は、わからん…。


思わず声に出しそうになるが、必死に堪えて黒パンを1つ購入する。

ズタ袋の中身は、すっかり萎んでしまった。これからしっかり働かないと!

「ありがとう」とお礼をしてから、ギルドに向けて歩き出す。

…この街で食べる黒パンもやっぱり固かった。




◼️




うーん、予想が外れたか?もしかしたら、もう来ていた可能性もあるな…。

俺は既にギルドに到着していたが、中には入らず扉の近くである人物を待っていた。

すれ違う冒険者達に不思議な顔をされるが、俺は気にしない。

待ち人は勿論、ダイスくんだ。

まだそこまで詳しくはないが、彼の性格上ギルド内に人が少ない時間帯の方が、出現率は高いと踏んでいた。

数分後、視界の奥で黒髪の少年が走って来るのが見えた。

うっし、ビンゴ!


「やぁ、ダイスくん!昨日ぶりだね」


「えっ⁉︎ぼ、僕っ⁉︎…あっ、昨日の助けてくれた人…」


近づいて来たダイスくんに、右手を挙げて爽やかなスマイルで挨拶をする。

いきなり仲間になってくれと言われても、彼に警戒されるだけだ。

まずは、ダイスくんと仲良くなる。

一緒にパーティーを組んで、旅の資金を集めたら、ダイスくんを仲間に誘うプランを考えていた。

これが1番無難だと思う。


そしてその彼は、自分が話しかけられた事に、とても驚きの表情をしていた。

やはり、顔色はあまり良くない。

15歳にしては線が細すぎるし、爪も割れていたり、縦線が入っている。完璧に栄養不足だ。

ダイスくんは、俺の正体に気づくと、声がどんどんと尻すぼみになっていった。


「そう、君だよ。ダイスくん。昨日は、あれから大丈夫だったかい?」


「…え?あっ、はい。特に、何もありませんでした。…あの時、助けてくださりありがとうございます。でも僕、あまりお金とか持ってなくて…」


カツアゲだと思われてるーっ!


「いや、別にそういうために声をかけた訳じゃないんだ。君に少し手伝って欲しい事があるんだ」


「僕に…手伝って欲しい事ですか?」


「そうなんだよ。俺と臨時でパーティーを組んで欲しいんだ!君に冒険者の事を色々と教えて欲しい。あっ、ごめん。そういえば、自己紹介がまだだったね。俺の名前は、アブル。昨日この街にやって来て冒険者になった新人だ。よろしくな、ダイスくん」


にこやかに微笑んで右手を差し出す。

ダイスくんは、戸惑いながら恐る恐る右手を握り返した。

「よ、よろしくお願いします。アブルさん」と小さく返すと、何かに気づいてバッと手を離し、叫んだ。


「…って、昨日、冒険者になったんですか⁉︎あんな強いのにっ⁉︎」


ずっとボソボソと喋っていた彼の、腹から出た大きな声は、早朝の静かな街に響いていた。

常に年齢より大人びていた彼だが、その瞬間のリアクションは年相応のものだった。

本当の彼を少し引き出せた様な気がして、嬉しく感じる。


「君だって、本当は強いだろ?クリフとかいう冒険者の攻撃は、目で追えていたじゃないか。わざと避けなかった理由は、あえて聞かない。それでどうする?一緒にパーティーを組んでくれるかい?」


「…で、でも、僕、忌み子ですよ?僕と一緒にいたら、アブルさんに迷惑が…」


俯いてしまったダイス。

表情はわからないが、悲しみが伝わってくる声音だ。

目線の高さをダイスに合わせて、中腰になり、優しく彼の両肩を掴んだ。

彼の身体が、ビクッと震えるが振り払う事はしなかった。


「忌み子なんて関係ないよ、ダイス。俺は、君が良いんだ。相手が迷惑だとか、不幸になるとか考えなくていい。それは俺が決める事で、ダイスが決める事じゃないよ。君は、人を気遣える優しい人間だ。信頼して背中を預けられると思ったから、声をかけたんだ。ダイスは、どうしたい?」


「…本当に、僕でいいんですか?」


「あぁ。お前が良いんだ、ダイス!俺とパーティーを組んでくれっ!!」


「っ、!…わかりました。僕、アブルさんとパーティーを組みますっ!!」


顔を上げたダイスと至近距離で向かい合う。

やはり端正な顔立ちだ。少し童顔なのは、美人で有名だった母親譲りなのだろう。

目尻には、少量の涙が見える。

暗く澱んだ闇を表していた瞳には、微かに小さな光が灯っていた。


「よし、依頼に行こう!」    「はい!」


元気良く返事をしたダイスと共に、ギルドの中に入った。




◼️




「なぁ、ダイスくん。1つ聞いていいかい?」


「ダイスでいいですよ!アブルさん。それで、何ですか?」


冒険者ギルドで、鉄等級の薬草採取とゴブリン討伐の依頼を受注し、スミノ街の外へ出ていた。

その間、ずっとカルガモの子供の様にダイスは、俺の後ろをちょこちょこと着いてきた。


あぁ、懐かしいなぁ、この感じ。

小さい頃の妹も、ずっと俺の後ろ着いてきて可愛かった。

彼も妹と同い年だし、何か似た様な雰囲気を感じる。

だが俺は、教わる立場だ。

薬草の見分け方もわからないし、ダイスくんが頼りなのだ。


「あっ、そうなの?それじゃ、これからは、ダイスって呼ぶよ。所で、何で君はずっと後ろにいるの?出来れば先導してくれると助かるんだが。さっきも言ったけど、俺は昨日、この街に来たから何処に行けば薬草やゴブリンがいるかわからないんだ…」


「あっ、そうですよねっ!すみません…」


街の外に出てきたまでは良かったのだが、それ以降が良くわからず。2人でポツンと立ち尽くしていた。

ダイスの表情が青くなり、ぺこぺこと頭を下げていた。


迫害され続けたせいか、とにかく謝る姿勢が身に付いちゃってるな。

コミュニケーション能力はそれほど低くはないけど、ボソボソと喋る事も多いし、まだ緊張している様子も見える。

これは、時間をかけて仲良くなっていくのがベストだ!


「こっ、ここから、北に移動すると森が見えます。通称ウルフの森と言われていて、ウルフ系の魔物が多く住んでいます。で、でも、ゴブリンもいるし、薬草も生えてます。それじゃあ、僕に着いて来てください!」


慣れてない様子で、正門の反対側へ歩き出したダイス。

なるほど。

だから道中、あんなに狼みたいな魔物が多かったのか!と納得する。

これは、ありがたい。

狼の肉は、とても美味い。師匠に良くご馳走になっていたのだ!

大きくなったら一緒に狩に行く約束は果たせなかったが、彼の教えはいつも俺の生活に役立っている。

昼食代も浮くし、腹も満たされる。

完璧じゃないか!想像したら涎が出てきた。


「ダイスは、ウルフも魔物を食べた事があるか?」


「え?いや、食べた事ないです…」


「はっはっは、そうか、そうか。それなら、楽しみにしておけ。昼はパーティーだ!」


いきなりテンションが上がった俺を見て、ダイスは少し引いていた。



◼️




歩く事、数分。ウルフの森に到着していた。

テスタ村の山と違い、異様な雰囲気に包まれていた。

中に入ると、獣臭や複数の動物達の気配を感じ取る事が出来る。


「まずは、ゴブリンから行きましょう!出現場所などは、抑えているんです。ウルフに見つかると仲間を呼ばれて面倒なので、上から行きましょう」


ダイスは、シュタッと跳んで、枝の上に着地した。

そのまま軽い身のこなしで、枝の上をどんどん移動していく。

おー!速い。やっぱり、身体能力高いな。

師匠が見てたら、修行に強制参加させそう…。

彼の背中を追いかけながら、ふと思った。


「もうすぐ着きます。ここからは、降りて行きます。木に隠れながら行きましょう」


「了解」


魔物に見つからない様に、最小限の声で会話をする。

地面に着地して、気配を消しながら行動すると汚ならしい声が聞こえてくる。

木の陰からそーっと覗き込むとゴブリンが3体いた。


うわっ!

本物のゴブリンだっ!

うっわ、創作物まんまじゃんっ!きっも!!


緑色の肌に、ブサイクな顔面。

中年おじさんみたいな出っ張った腹と茶色の腰布。

1体だけ棍棒を装備しており、他の2匹は素手だ。

3人で会話をしているみたいだ、ゴキャゴキャうるさい。


「今回は、僕が行きます。アブルさんは、見ててください」


人生で初めて見るゴブリンに気持ち悪がっていると、ダイスが動き出した。

腰元のホルダーから短剣を抜くと、雰囲気が変わる。

そこからは、一瞬だった。

木の陰から出ていったダイスは、真っ先に棍棒のゴブリンの喉を掻っ切った。

ゴブリン達は、ダイスの動きが見えなかったのだろう。

いきなり大量の血を噴き出して絶命した仲間に驚いている。

瞬時に移動して、残り2匹も同様に、首を斬って終了だった。


ダイスの殺戮ショーが呆気ない幕切れとなり、ポカンと口を開けているとちょこちょことダイスが近づいてきた。


「ど、どうでしたかね?」


「いや、凄いよ!ダイス!一撃で綺麗に仕留めて…、カッコ良かったよ!」


惜しみない拍手を送ると、ダイスは目を丸くしてから、頬を紅く染めていた。

瞬時に目を逸らされた。


「ゴ、ゴブリンの耳が討伐した証拠になるので忘れずに斬っちゃいましょう。今回は、僕が倒したので自分でやりますね」


そそくさとゴブリンの元に戻ったダイス。

褒められ慣れていなさ過ぎて、どう対応すればいいのかわからない様に見えた。

うん、可愛い。本当に、昔の妹と同じ様な反応を見せる。

新しく弟が出来たみたいだ。


「あれ?その袋…。もしかして、マジックバックって奴⁉︎」


武器屋で見つけたマジックバックと同じ物だった。

高額過ぎて買えないし、そもそも魔法無効耐性が付いている俺が使えるのか?と記憶に残っていた商品をダイスが持っていた。


「え?あ、はい。このマジックバックは、家にあったのを借りています。昔、母の大事な人が使ってた物だそうです。1番小さいサイズですけど、結構入るんですよ」


「…そっか、なら大切に使わないとな」


「はい」と悲しげに笑って作業を続けるダイス。

そんな大切な物を「ちょっと貸して」と言って、壊してしまったら目も当てられない。

マジックバックは、自分でお金を貯めて実験しよう!そう誓った。


「終わりました!討伐ノルマは、2人合わせて10匹なんであと7匹ですね。次の出現場所に移動しましょう」


「了解。次は、俺にやらせてくれよ?」


「わかりました!では、着いて来てください」


再び、木の枝の上を移動しながら、ダイスを追いかける。

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