第9話
騒がしい喧騒に包まれている。
そう、ここはスミノ街の冒険者ギルド。
屈強な男達や魔術師の様な帽子を被っている女性、多種多様な格好の冒険者達が集まっていた。
広すぎる内装は、食事スペースの様な場所も完備されており、酒を呑んでワイワイやっている冒険者もいた。
前世での飲みニュケーションは地獄だったが、仲間同士だと、とても楽しそうに思えてくる。
邪魔にならない様、冒険者達の間を掻い潜って受付にたどり着いた。
カウンターの奥にいた緑髪の女性が、にこやかに話しかけてきた。
「ようこそ!スミノ冒険者ギルドへ。本日は、どの様なご用件ですか?」
「すみません、冒険者登録をしたいんですけど」
「冒険者のご登録ですね?かしこまりました。登録には銀貨1枚かかりますが、宜しいですか?」
「あ、はい」
「ありがとうございます。それでは、まず冒険者についてご説明をさせて頂きますね」
ズタ袋から銀貨を渡すと受付嬢が説明を始めた。
簡単にまとめると、
冒険者
冒険者とは、ギルドにきた依頼を受注し、達成する仕事だ。
魔物の討伐などの死と隣り合わせの職業でもある。
ギルドから鉄等級の冒険者証を支給され、身分証としても使える。
依頼を達成し、冒険者のランクを上げると、その実力に見合った依頼を受けられる様になる。
ランクの順番は、
鉄→銅→銀→金→白金等級
依頼中の問題は全て自己責任、という事だった。
「では、次にこの紙に名前をお願いします。文字が書けない場合は、遠慮せずに言ってください。私が代筆させて頂きます」
「あっ、大丈夫です。自分で書けます」
受付嬢から紙を受け取り、アブルと書いて差し出す。
実は、師匠との修行の休憩時間、俺と妹は文字の読み書きを教わっていたのだ。
家の両親は、読み書きが出来ない。
逃げる様に旅をしてきた師匠が言うには、王都から離れるにつれて識字率は、どんどん下がっていったらしい。
昔の冒険者仲間にも教えた事があるとかなんとか、思い出を楽しそうに話す師匠の顔は、良く覚えている。
「アブルさんですね。これで登録は完了しました。こちらをどうぞ」
手渡されたのは、冒険者証のネックレスだった。
鉄級を示したドッグタグが、キラリと光っている。
「依頼を受けたい場合は、右手に見える掲示板から依頼書を、こちらに提示してください。他にもわからない事がありましたら、気軽にこちらに声をかけてください。あっ、申し遅れました。私の名前は、アンナと言います。これからよろしくお願いしますね。アブルさん」
「こちらこそ、よろしくお願いします」と返事をして、ネックレスを首にかける。
どんな依頼があるか、気になったので掲示板に移動する。
だがやはり、異世界。
依頼書の上にさらに依頼書を貼っているなど、とても乱雑で見づらい。
鉄級を必死に探すと、騒がしかったギルド内に静寂が訪れる。
何事⁉︎と思い振り向いて周りを見渡すと、他の冒険者達の視線が1人の人物に向いている事がわかる。
その人物は、先程ぶつかった黒髪の美少年だった。
少年は、俯ききまずそうに受付に向かう。
周りにいる冒険者が舌打ちをしたり、彼を侮辱し、嫌悪した表情で見ている。
は?何だ、この空気は。意味わからん…。もしかして、彼は大罪人なのかっ⁉︎
瞳の中に映る小柄な少年から目が離せない。
彼が受付から帰ろうとすると、1人のチャラそうな男性冒険者が近づいて行く。
嘲笑が見える、チャラ男の仲間であろう複数人の冒険者もクスクスと笑っている。
何か嫌な雰囲気がする。
「よぉ、ダイスぅ。今日も今日とて薬草採取とゴブリン退治かぁ?鉄くずさんは、毎日大変だ!」
「…」
チャラ男は、馬鹿にする様に大笑いをしていた。
へー。あの子は、ダイスくんっていうのかぁ。…鉄くずさんって何だ?と黒髪の美少年の名前を知ると、衝撃的な事件が起きた。
チャラ男は、持っていた飲み物をダイスくんの頭にかけ始めたのだ。
信じられない光景を見せられて、呆気に取られる。
「おいおい、せっかく友達の俺が挨拶してやってんのに、酷い奴だなぁ…オマエ、はっ!!」
「がはっ!」
チャラ男がいきなりダイスの鳩尾に一発入れる。
モロに喰らったはずのダイスだが、苦悶の表情をしているが2本の足でしっかり立っていた。
今の動きを見てわかった。
ダイスくんは、チャラ男の攻撃は目で追えていた。余裕で避けれたはずだ。
でも彼は避けなかった…、何故だ…。
そしてコイツらも何だ、何なんだ、これは…。これが冒険者の日常だっていうのか…。
周りの冒険者は、2人のやり取りを見て笑っていた。
受付嬢は、見て見ぬふりをしている。
腐っていやがる…、何で誰も彼を助けないんだ…。
無意識に拳に力が入っていた。
身体の中で何かがどんどん込み上げてくる…。
「…僕に何の用だ?クリフ」
「っ、!忌み子の分際で、誰にタメ口聞いてやがるっ!死ね!さっさと、野垂れ死ねっ!!」
ダイスの態度が気に食わなかったのか、クリフが激昂する。
クリフが右手を大きく振りかぶった瞬間、俺の頭の中で何かがブチっと切れた音が聞こえた。
2人の間に入り、クリフのパンチを右手で受け止める。
「は?だ、誰だっ⁉︎オマエはっ⁉︎」
急に現れた俺に、クリフは目をパチクリとさせ驚いていた。
ギルド内も、再び静寂が訪れる。他の冒険者達も驚いているのだと察する。
少し時間を空けると、クリフは正気に戻り、掴まれた手を強引に離され怒鳴り散らした。
「おい!誰だか知らねぇが、これは俺とダイスの問題だっ!邪魔すんじゃねぇっ!…って、オマエ、良く見たら鉄等級じゃねぇかっ!銀等級の俺に手ェ出すなんて、よほどオマエも死にてぇらしいなぁ!!」
「…なぁ。何でオマエは、この少年を殴った?冒険者ってのは、気に食わない奴がいれば殴っても問題ないのか?」
「は?…あぁ、そうだぜ、新人!気に食わなかったから殴って良いんだ。オマエらみたいなカスを痛ぶるのは、サイッコーに楽しいんだっ!!!」
ポカンとした表情からニヤけ面に変わるクリフ。
表情で攻撃する事が丸分かりすぎる…、遅すぎるパンチを軽く避けてクリフに囁く。
「なら良かった。俺がお前を殴っても、問題にはならないみたいだ」
「は?…ゴファッ!!」
左手でクリフの右頬を軽く殴る。
殴られたクリフは、近くの壁に激突し、その衝撃で気絶していた。
殺さない程度に手加減をしたので、骨折ぐらいで済むだろう。
ふと振り返るとダイスくんは、口を大きく開けて驚いていた。
「大丈夫か?」
「…!」ペコリ
話しかけると、ハッとするダイスくん。
一礼だけすると、そのまま足早にギルドから出て行ってしまった。
あれ?デジャヴ?もしかして俺、嫌われてる?
「おい、そこのオマエっ。あとで覚えとけよっ!!」
クリフのパーティーメンバーであろう男の冒険者に吠えられる。
ランクは銅等級、銀等級のクリフでさせ、あの弱さだ。
この街の冒険者は、ろくでもない奴らしかいないのかとため息が出そうになる。
彼等は、気絶したクリフを背負ってギルドから出て行った。
周りの冒険者達の視線がウザいが、気にせずに受付まで足を運んだ。
「アンナ、ダイスについて聞きたい事がある。忌み子ってのは何だ?鉄くずってのは、ダイスの二つ名か?あまり良い意味に聞こえないんだが…」
驚き固まっていたアンナが動き出し、再び驚きの表情を見せていた。
「!…失礼を承知で聞きますが、アブルさんのご出身はどちらですか?」
「?…テスタ村だが、それがどうかしたのか?」
「っ、なるほど、辺境の…。そこにいれば、彼も幸せだったのかもしれませんね…」
「おい、勝手に1人で納得するな。ちゃんと、教えてくれ」
「しっ、失礼しました!では、忌み子の説明から」とアンナは、悲しげな表情で語り出した。
忌み子
忌み子とは、望まれず産まれた子供。魔族の子供という意味を持つ。
この世界での魔族は、黒髪・黒目である事が特徴らしい。…確かに、ロジーも黒髪・黒目だったと思い出す。
人間から稀に黒髪・黒目の子供が産まれてくる事があるが、それは不吉の象徴と言われ、過去に村人達が呪われたなどの言い伝えがあるとの事。
その文化が根強く残っているこの国は、忌み子を魔族として迫害し続けてる。
鉄くずのダイス
ダイスの冒険者歴は5年の15歳。妹と同い年だった。
彼の身体能力はとても高く、冒険者として優秀だった。
しかし、忌み子嫌いの領主が、ギルドに圧力をかけてランクを上げさせない様にしたのだ。
だから彼は万年、鉄等級。
それをあのクリフが蔑称として付けた二つ名が、鉄くずのダイスだった。
この世界は、思ったより残酷だった。
そして、1つの疑問が浮かんでくる。
「…なぁ、あの子の両親は、何をしているんだ?何となく想像はついてるが、もしかして…」
「はい。父親は、見た事がないのでわかりませんが。母親の方は、彼が10歳の時に…」
「…そうか」
「…彼のお母さんは、この街で美人で有名だったんです。性格も穏やかで優しく、腰元まであった綺麗な白髪は、風で靡く度にキラキラと輝いて、幼い私も憧れの女性でした。」
そこからもアンナの話は、続いた。
簡単に説明すると、
美人の母は、いつの間にか姿を消した。
数年後、帰って来たと思ったら、子供が出来ていた。
しかも、その子供は忌み子だった。
街の人間は、迫害こそしなかったが彼女に近付かなくなった。
女手ひとつでダイスを育てていたが、重い病を患ってしまい、5年前にこの世を去ってしまった。
街の人々は、若くして亡くなってしまったのは、忌み子であるダイスのせいだと決めつけた。
そして、今に至るという辛すぎる話だった。
「これが私の知っている限りの情報です。本来、ギルドの規則として個人情報の漏洩は禁止なのですが…、ダイスくんの話は、クリフさんが誰にでも喋ってしまうので、アブルさんにも話しました。その代わりに、アブルさんにお願いがあります!」
「貴方の表情を見て確信しました。アブルさんは、忌み子に対して偏見を持っていないと。彼を独りぼっちにさせたくないんですっ!どうか、どうか、ダイスくんの側にいてくださいっ!私には、出来なかったから…」
瞳に涙を溜めて懇願するアンナ。
その姿勢からは、侮辱や嘲笑の色は見えなかった。
彼女だけは、周りの人間とは違うみたいだ。
「あぁ。任せてくれ、アンナ」
短く返答する。
アンナは、嬉しそうに微笑んでくれた。
アンナ、大船に乗った気持ちでいてくれ。
一度、ロジーと同じ様に人間に化けた魔族かと疑ったが、プライドの高い魔族が5年も迫害を我慢出来る訳がない。
あんな事をしていたクリフは、とっくにあの世に逝ってるだろう。
つまり、ダイスは人間だ!
戦闘能力も高く、この街に未練もなさそうだし、ちょうど良い。
俺は、ダイスを旅の仲間にする!!
これからダイスとは、長い付き合いになりそうだ!
冒険者ギルドの外に出ると、空は暗くなっていた。
ふと一番星を見つける。
それは、1番最初の仲間を見つけた事を祝福しているかの様に、輝いて見えた。
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