第8話

拝啓 お父様、お母様。お元気でしょうか?私は元気です。数時間前に出て行った私は今、絶賛迷子中です。助けてください。

                                   敬具


だだっ広い草原をひたすら駆け抜ける。

しかし、風景は然程変わらず、迷宮に迷い込んだ気分だった。


マジで、ここ何処だ⁉︎

くっそ!こんな事になるんだったら、ちゃんと師匠に隣街の場所を教えてもらうんだった!


我が故郷、テスタ村には、何と地図がない。

ほぼ自給自足で生活しているので、必要ないのだ。

家の両親は、村で生まれた子供同士で結婚したため、他の街には行った事がないと言っていた。凄い狭い世界…。


情報という手札が全くない中、俺は1枚のカードを手にしていた。


「隣街の名前?何じゃ、そんな事も知らんのか。スミノ、スミノ街じゃ。今のお主なら、1日くらいで着くと思うぞ?全力で走ればじゃがの。ん?方角?んーっと、あっちじゃ」


記憶の中にある師匠との会話で、山頂から指を指した方角に真っ直ぐ進んでいた。

子供時代より体力は増え、スピードも速くなっているはずだ…。

つまり、半日くらいで到着すると計算していたが、誤算だったかもしれない。


うーん、マズイかも…。

自分の今の装備は、旅をする格好ではない。

いつもの私服に師匠のグローブ、硬貨の入った袋を所持しているだけで、食料などは持っていない。

そもそもあの村から、持ち出せる物など存在しないのだ。

餓死という単語が、頭をよぎる。


ヤバいヤバいヤバい!急に不安になって来た。

駄目だ、人一人いやしない。果てしなく、似たような草原が続いてやがる。

あー、何かめっちゃ寂しくなってきた…。

ひとりいやだ、こわい。さみしい、かえりたい…。


精神が急激に不安定になり、思考が幼児退行する。

両親や妹、師匠の顔が、次々とフラッシュバックする。

思い返すと、俺はずっと誰かと一緒だったと気付く。

師匠と妹がいなくなっても、両親が側で支えていてくれた。

前世では、当たり前の様に一人暮らしをしていたけれど、この世界の温かい生活に慣れ過ぎて、精神は弱くなってしまったみたいだ。


「そうだ…、仲間だっ、旅の仲間を探そう!そうすれば、絶対にこんな事にはならないっ!はははっ!素晴らしい解決策を閃いてしまった!そうと決まったなら全速力だ。待ってろよ、スミノ街!待ってろよ、未来の旅仲間よっ!今から俺が迎えに行くからなぁ!!!」


誰一人いない草原に、青年の叫びが広がっていた。

誰がどう見ても情緒不安定な彼は、まだ姿を見せない街を夢見て、広大な大地を走り続けた。




◼️




「…み、み、見えたぁぁあああああ!!!」


テスタ村から走る続ける事、数時間。

とうとう、街を守る大きな外壁と立派な門が、視界の奥に現れる。

空の色は、青から少し赤に変わっており、夕暮れが近づいていた。


やっとだ、やっと着いた。長かった…。

途中、初めて狼の魔物と出会し、戦闘があった。

1匹1匹の戦闘力は低いが、敵数が多かった。

遭遇率も高く、かなりの時間を消費していた。

シャツは汗でベトベトだし、返り血が付着して血生臭いし、昼を食べてないので腹は減るしで最悪だった。あとグローブも臭い…。


でも、今はとても良い気分だ。清々しい!

何はともあれ、目的地には到着した。早速、入ろう!

門に近寄ると、1人の男性が槍と銀の鎧を纏い、立っていた。


「冒険者証か商人の…って、すげぇ汗だな⁉︎兄ちゃんっ⁉︎」


「あぁー、ずっと走っていたんで、…臭かったらすみません」


「いや、別にそこまで臭くはないけどよ…。よく見たら服に血が付いてんな。兄ちゃん、見ない顔だけど何処かの冒険者かい?格好は、全然そう見えないが…」


「いえ、これから冒険者になるためにここに来ました。テスタ村のアブルって言います。よろしくお願いします」


自己紹介をして右手で握手を求めると、門番であろう男は目をパチクリとさせ、豪快に笑い出した。


「はっはっは!そんな格好で辺境のテスタからこのスミノまで来た!なんて冗談を平気で言う奴は初めてだっ。誰も信じね〜よ、そんな話っ!くくっ。お前さん、面白い奴だなっ、気に入った!俺は、見ての通り門番をやっているケヴィンだ。よろしくな、アブル」


差し出した右手をガッツリ握り返され、挨拶される。

冗談ではなく事実何だが、訂正はせず愛想笑いを返した。


「それで話を戻すが、冒険者証などの身分を証明する物がないと、街に入るには、銅貨5枚が必要になる。証明出来る物は何かあるか?」


ポケットからズタ袋を出して、銅貨を5枚渡す。

そういえば、この世界の硬貨を使ったのは初めてだなと思う。

銅貨5枚は高いのか、それとも安いのか。

日本円に換算するといくらくらいなのか、そういう事すらわからない。

今更だが、情報って大切なんだなとしみじみ思う。

もしかして、テスタ村ってこの世界の隔離病棟なのでは…?この世界に上手く適応出来なかった人間達の集落なのでは…?


「銅貨5枚、確かに受け取った!スミノ街へようこそ、アブル!冒険者ギルドは、大通りを真っ直ぐ行けばわかると思うぞ。頑張れよっ!!」


くだらない事を考えていたら、通行許可が降りた。

ケヴィン「ありがとう」と返事を返して、門をくぐる。

目の前に広がる光景は、まさに異世界ものだった。


一度も行った事はないが、ヨーロッパの様な綺麗な街並み。

広場の真ん中にはとても大きな噴水があり、子供達が追いかけっこをしている。

至る所に出店があり、食品や装飾品など様々な並びだ。

それにしても…、


テスタ村の隣街なのに、こんなに人がいるのかっ!それじゃあ、妹がいる王都ってどんだけヤバいんだ?妹は、果たしてちゃんとやれてるのだろうか?お兄ちゃん、ちょっと心配…。


環境が違い過ぎて、ボーっと立ち尽くしていると、背中にちょっとした衝撃が来る。


「…あっ、…ごめんなさい」


振り返ると、そこにはそれなりの美少年がいた。

あ、2人目だ。と瞬時に思った、この世界では、珍しい黒髪。

その少し長い黒髪の隙間から、黒曜石の様な死んだ黒い瞳と目が合う。


何だっ⁉︎この少年はっ⁉︎

顔立ちは、整ってはいるのだが、頬が痩けている。

身長も160くらいで、身体つきも細いの一言。

着ている洋服もボロボロだが、首からかけている銀の指輪のネックレスだけは、彼の身なりと違い不自然な程、綺麗に輝いていた。


「いや、だいじょ「本当にごめんなさいっ!僕、急いでるんでっ!!」


黒髪の少年は、大通りを逃げる様に走って行った。

彼の後ろ姿を見つめていると、すぐに豆粒になって行く。


ケッコー速いな、まだ若そうなのに…。それによく見たら腰に短剣を所持している。

そういえばさっき、指輪に気を取られたけど、鉄のタグみたいなのも下げてたわ。

あれが、師匠が言っていた冒険者のタグプレートか。

急ぎの依頼でも、受けていたのだろうか?


彼の姿は見えなくなっていた。

「良し!俺も彼みたいに気合いを入れて、頑張ろう!」と意気込み、冒険者ギルドに向かった。




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