第7話
「…まさか、この私が光属性でもない人間に倒されるとは…」
意識が回復したのか、ロジーは動かないまま、ゆっくりと喋り出した。
流石は魔族といった所か、回復が早い。
「俺の勝ちだ。勝者の特権として洗いざらい吐いてもらうぞ。そのために、殺さないでいるんだ。自分が置かれている立場がわかっているだろ?」
「…人間風情に、…誰が喋るか…。さっさと、殺せ…」
「おい、本気で言っているのか?脅しのつもりで言ったわけじゃないんだぞ」
「クハハ…そ。んな事は、…わかっている。だが、…貴様は、…ミスを犯した。…トドメを…刺さなくても、…私は、…時期に死ぬ。…残念だったな」
どんどん衰弱していくロジーは、ガフッと赤黒い血を吐き出す。
突然、彼の足が黒い粒子の様に変換され、灰の様に空中で消えていく。
侵攻が早く、既に上半身も粒子の様になっていた。
マズイ!と判断し、彼の角を掴む。
「おい、ふざけんな!魔王の目的を教えろ!!」
「…貴様…は、…魔族…に……殺さ…れる。地獄…で……待ってるぞ!!」
挑発する様なニヤけ面だった。
最後の力を振り絞ったのだろう。満足したのか彼は眼を閉じた。
掴んでいた角も粒子になり、風に乗ってそのまま飛んで行ってしまった。
掌を広げて見てもそこには、何もない。
「…何で、俺も地獄行きが決定してんだよ」
その呟きを聞いた者は、誰もいない。
先程まで激しい戦闘があった事が嘘かの様に、草原は静寂に包まれていた。
証拠として残っているのは、ロジーが吐いた血痕くらいだ。
結局、魔族達の事をちゃんと聞き出せなかった。
「アブルー!凄い音が聞こえて来たけど大丈夫かー?」
父さんの声が背後から聞こえてくる。
振り返ると村の男達が集結していた。
この村に武器などないので、鍬や鎌を武装している。
村長は、流石に高齢だからあまり無理しないで。
「大丈夫、大丈夫!調べたけど何もなかったみたい!さぁ、皆んなで村に戻ろう!」
近づいてくる男達を「ほらほら!」と追い返す様に誤魔化す。
楽観的な人間が多いので、すぐに全員村に引き返して行った。
彼らの後ろ姿を見送り、再び血痕がある場所を見つめる。
「お前は、魔族に殺される…か」
まるで、未来が確定している様な言い方に、不自然に感じていた。
◼️
「2人とも、少し話があるんだ。ちょっといいかな」
夕飯を食べ終えて、両親がゆっくりしている所にお邪魔する。
2人は、俺の真剣な表情を見て、すぐに黙った。
「…実は今日さ、」の言葉から始まり、魔族との出来事を話した。
父は、「やっぱりか…」と小さく呟き、額に手を当て困った表情をする。
母は、驚愕した表情で、薄ら涙を流している。驚き過ぎて何も言えない様子だ。
「ロジーの話から推測をしてみたんだけどさ。たぶん俺、魔族に狙われている。魔王は、俺を殺してルチナを動揺させる作戦なんだと思うんだ。首だけは、残す様に言ってたみたいだし…。だからさ、俺は旅に出るよ」
「待てっ!いくら何でもっ「そうよ!アブルが出ていく必要なんてっ」
2人は、ガタッと椅子から立ち上がり、引き止めようとする。
「でもずっとこの村にいたら、母さん達を巻き込んでしまう可能性がある。村長達だってそうだ。村の皆んなの平和な日常を、俺の都合で壊したくない」
「「!」」
両親は、押し黙った。
2人の悲痛そうな表情を見て、不謹慎だが嬉しく思ってしまう。
俺は転生者だ、アブルであってアブルではない。
そんな俺でも、両親は、変わらずに愛してくれているのが実感出来る。
だからこそ、2人に死んでほしくない。
俺だけが狙われているなら、この村から離れる。それに越したことはない。
「母さん•父さん、約束するよ。平和になったら、絶対に帰ってくる!1人で生き抜くコツも、師匠から教わっていたんだ。だから、安心して待っててほしい」
2人を安心させるために、最大限出来る笑顔を2人に向けた。
すると、逆効果の様で、2人揃って大粒の涙を流し始める。
慌てて慰めようとすると、今度は抱きしめられた。
…ふと、自分の身長が2人よりも大きくなっていた事に気づく。
12年…、長い様であっという間だった。
2人のためにも、絶対に死ぬわけにはいかないと決意する。
◼️
翌日の早朝、テスタ村近くの草原に俺•父•母の3人が立っていた。
父から、小さいズタ袋を手渡される。
「ごめんな、アブル…。それくらいしか渡せなくて」
「いいよ、父さん。隣街に着いたら冒険者登録をして、お金を稼いで何とかするから大丈夫。そっちこそ、畑仕事で腰をまた悪くしないでくれよ?」
冗談を返すと、「生意気になったな!この野郎っ」と笑いながら背中をバシッと叩かれる。
「良い?アブル。危なくなったらすぐ逃げる!•体調管理はしっかりと!•無理は絶対にしない!これを絶対に、守りなさいっ」
「わかってるよ、母さん。師匠からもそう教わってる」
抱きついて来た母さんを、ゆっくり剥がす。
母さんの瞳には、また涙が溜まっていた。
少し離れて2人の顔を交互に見て、微笑む。
「行ってきます!!」
「「行ってらっしゃい、アブル!」」
涙が出そうになるが、グッと堪えた。
何も言わずに踵を返すと、青々とした野原が広がっている。
そこからは振り返る事はせずに、ただ真っ直ぐに前を見つめ、歩みを進めた。
◼️
アブルがその生涯を終えるまで、気付かなかった事実が1つある。
それは、この世界が日本で制作された百合ゲーの世界であるという事だ。
主人公は、辺境のテスタ村に住んでいたルチナという少女。
聖女の予言により、勇者の力の使い手として、王国に引き取られる。
厳しい修行を続ける中、ある日、ルチナに訃報が届く。
それは、テスタ村が魔族によって滅ぼされた報せだった。
それにより、ルチナは勇者の力を覚醒させ、魔王討伐の旅に出る。
しかし、自暴自棄になっていたルチナは、無茶ばかりをする。
そこで、助けになるのが一緒にいた仲間達だ。(全員女性)
色々なイベントを乗り越えて、絆を深め合い、魔王を討伐する。
そんなありふれた物語だ。
しかし、この世界にはイレギュラーがある。
そのゲームには、アブルなんていうキャラクターは存在しないのだ。
これは、神様の悪戯によって、運命が大きく変化した物語。
イレギュラーの存在が、旅の中でフラグをボキボキ折りまくる物語である。
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