第6話
あの出来事から7年、俺は……立派な農家になっていた。
「いやー、今日もいい天気だなぁ」
頬に流れる汗を拭い、雲一つない快晴の青空を見つめる。
妹が主人公だとわかり、あれよあれよと物語は進んで行った。
まずは、妹。
勇者の力。つまり光属性を持つ妹は、人類の未来のためミラー王国で修行をする事になった。
立場は、王族と同等。
いきなり雲の上の存在になってしまった。
次に会う時は、ルチナ様と呼ばなくてはならない。まぁ、もう会う事はないと思うが…。
次は、ロウ師匠。
ロウ師匠は、王国騎士団長のカイルと知り合いだった。
何でも昔、戦場を駆け抜けた仲らしい。
騎士団長は、再び師匠を王国に戻って来る様に説得していた。
国王もずっと逃げ出した師匠を探していたとか何とか。
何やかんやあって、ルチナの育成をする事になり、2人とも王国に旅立って行った。
妹は離れたくないとギャーギャー喚くし、師匠も俺を王国に連れて行こうとしたけど断ったらしい…。
正直に言うと、その日の出来事は強烈過ぎて、頭が真っ白になりあまり良く覚えていない。
2人の顛末も、後日、両親から聞いていたものだ。
「アブルー、昼食の準備が出来たわよー」
「わかったよ、母さん」
辺境のテスタ村出身。職業、農家。アブル、17歳。
身長は170後半くらい、茶髪。顔はそれなりのイケメン。
血が繋がっているのかどうかわからない妹は、王国で勇者をやっている。
この世界では、それぐらいしか特徴がない。
いわゆるただのモブ、それが俺だった。
◼️
誰も住んでいないボロ小屋が目前にポツンと建っている。
山の山頂に来ていた。
実は、あの出来事以降も毎日、この場所には来ていた。
…いや。気がついたら、いつの間にか山頂に足を運んでいた…と言う方が的確だわ。
もう鍛える必要はないが、修行も続けていた。
この村には、娯楽が少な過ぎる。
畑仕事が終わると、何もやる事がなくなる。時間を持て余すのだ。
1人で走り込み、仮想の師匠と模擬戦をする。師匠から貰った大きいグローブも、成長に連れて、手に馴染んでいた。
…そして何より、身体を動かしていると何も考えないでいられた。
これが1番の理由だったかもしれない…。
山頂からの景色を眺める。
12年前に初めて観た時から、何一つ変わらない景色。
鮮明に思い出す、転生初日の出来事。
あの日から、全ては俺の勘違いだった。
とんでもない黒歴史だ、とてつもなく恥ずかしいっ。
何が主人公だっ!穴があったら入りたいっ!!
突然、羞恥の感情に襲われる。
気分を紛らわすために、トレーニングを始めようとすると、視界にあるものを見つける。
「うわ、珍しい…。人だ…」
人だった。
山頂からは遠いので性別はわからないが、紛れもない人だった。
そして、その姿に違和感を覚える。
この辺境の村に訪れるのは、経験上、商人だけだ。※王国騎士団などは例外なので省く。
しかしあの人間は、鞄やリュックなどを何一つ所持していない。
もしかしたら、収納する魔法を持っているのかもしれないが…。
だが、1番怪しいのは馬ではなく、徒歩だということ。
あの人間が師匠クラスの達人なら、怪しくはないのだが…。
何処から来たのかはわからないが、師匠みたいに訳ありでもない限り、この辺境に来る人間はいないだろう。
「…駄目だっ、考えれば考える程、滅茶苦茶怪しいっ!」
自分の直感があの人間に対して警笛を鳴らしている。
俺は、いても立ってもいられず山を駆け下りた。
◼️
「うわっ、人だっ!めっずらしー…。もしかして、冒険者の方ですか⁉︎」
全速力で現場の近くまで向かい、偶然を装ったかの様に出会う。
やはり、直感は正しかった。全身がコートで覆われてるし、フードも深く被っているので顔もわからない。
体格は細身だが、背丈は大きいので男だと思う、たぶん。だが、普通に怪しさが増した。
田舎者の様に、目を輝かせながら矢継ぎ早に喋り続ける。
「こんな辺境までどうされたんですか?あっ、もしかして近くのテスタ村に何かご用が⁉︎」
「え、えぇ。そうなんです。もしかして、君はテスタ村の人かな?」
「はいっ、そうなんですよ!うわぁ、嬉しいなぁ!俺、冒険者の人なんて初めて見ましたよ。感動ですっ!!…あっ、すみません。1人で舞い上がっちゃって…。どうぞ!こちらです!何もない村ですが、案内させて頂きますよ」
「それは有り難い!是非ともお願いします!」
うーん、怪しいと思ったけど普通な対応されたなぁ。
考えすぎだったかもしれない。
声からしてやっぱり男性だったし、本当の物好きな冒険者なのかも。
仕方ない、ちゃんと案内してあげよう。
「それじゃ、着いてきてください」
踵を返して、村の方角へ歩き出す。
冒険者の人も、無言でしっかり着いて来る。あっ、そういえば…
「自己紹介まだでしたね。俺、テスタ村のアブルって言います」
「っ!…クハハッ!そうですか、あなたが…。これは、失礼。私の名前は、ロジーと申します。まぁ、覚える必要はありませんが…ねっ!!」
再度、冒険者の方に振り向き右手を差し出す。
それに対して冒険者は一瞬、間を空けると不気味に笑い出した。
差し出された右手を力強く握り返されると、間髪入れずに左手で鳩尾を殴られる。
くの字に曲がった身体を流れる様に蹴り飛ばされる。
「ガハッ、グフッ!」
「クフフ、クハハハハははっ!私は幸運だ!こんなにも早く見つかるのだからっ!魔王様も面倒な事を頼む人だ。勇者ルチナが大切にしている兄の首を持って来いなどと。人間など全員、消し炭にしてしまえばいいのに…」
空が青い、目がぐるぐると回っている。
懐かしいな、この感覚。昔は、この光景が毎日だったな。
数メートル蹴り飛ばされた場所にロジーの高笑いが聞こえる。
ペラペラと喋る話の中で、聞き覚えのある名前に反応してしまう。
「…おい、お前。今、ルチナの名前を出さなかったか?」
「おや、これは珍しい。まさか脆弱な人間が魔族である私の攻撃で死んでいないとは、やはり勇者の兄だけあって少しは頑丈なんですかねぇ」
「質問に答えろ、クソ魔族。勇者の力を持つルチナならまだしも、なぜ俺の事を知っている。魔王は、何を企んでいる⁉︎」
瞬間、大気が震える。
ロジーの全身を隠していたコートが消え、スーツの様な服を身に纏っていた。
頭部には、人間には存在しない特徴的な角が一本生えており、この世界では珍しい黒髪だった。
ロジーの身体から黒いオーラが溢れ出す。
「貴様、人間如きの分際で…、口の利き方がなってないなっ!この場で死ぬお前に、教える義理などないっ!!」
青筋を立てたロジーは、殺気を放ちながら真っ直ぐに突っ込んで来る。
「お前、遅くね?」
「は?…ゴファッ!!」
渾身の右ストレートを先程のお返しとばかりに、ロジーの顔面にお見舞いする。
ゴキャリと鈍い音を奏で、ロジーは飛んでいく。視界の端に、白い物が舞っている。ロジーの歯だ。
視界の奥で産まれたての子鹿の様に立ち上がるロジーの姿が映る。
「ふぅ…ふぅ…。キッ、さまぁ!よくもっ、よくも魔族である私の顔に傷をつけたなぁぁああああ!!」
「…だってお前、弱いんだもん。師匠の方が、数十倍強かったぞ?」
「クソガキがぁぁあああ!もう手加減はせんっ、喰らえっ!!」
ロジーの腕に黒いオーラが集まり、射出された。黒い炎の様な球体は、どんどん近づいて来ている。
本来なら余裕で避けられるスピードなのだが、避けれなかった。
何故なら、この世界で初めて見る属性魔法だったからだ。
前世では存在しない魔法という現象に、心奪われてしまっていた。
気づいた時は、すでに遅く着弾は避けられない。
無意識に左手で魔法を殴ると、一緒で炎は霧散した。
「…は?」
驚愕の出来事にロジーは、口を開いて固まっている。
正直、自分自身も相当驚いているが今がチャンスと、ロジーに向かっていく。
「そっ、そんなバカなっ!魔法が消えるなんぞありえんっ!!…ちっ、違う!何かの手違いだっ、もう一度喰らえっ!!」
ロジーは、焦りながら同じ炎の魔法を繰り出して来た。
今度は、右手で殴って見る。
そうすると、先程と同様に綺麗に霧散した。
この出来事をキッカケに、幾つか合点がいく事があった。
12年間、ずっと魔法の練習をして来たが、一度も魔力を感じた事がなかった。
そして、信託の儀。水晶が、全く光らなくなるトラブルだ。
…はは、もしかしたらこれが俺のチート能力なのかもしれない。
魔法が使えない代わりに、魔法に対する完全耐性
至近距離まで近づいてロジーに謝る。
「ごめん。俺、魔法効かないっぽいわ」
「ふ、ふふ、ふざけるなぁぁああああああああ!!」
相手の鳩尾に左の拳を入れて、ロジーの身体は、くの字になる。
下がって来た顔面に、躊躇なく右の膝蹴りを入れる。
最後に仰け反った顔面右手で鷲掴みにして、地面に叩きつける。
小刻みに小さく動いていたロジーの身体は、地面に仰向けのままピクリとも動くなくなった。
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