第3話

「俺を弟子にしてくださいっ!!」


開幕土下座だった。

転生ものを読んでいたからわかる!この老人は、何かの達人だ。昔は、二つ名とか付けられていたに違いない。歳を老いて、こんな辺境で隠居生活をしているに違いないっ!!やはり俺は、主人公だ。師匠ポジション人間を見つける事ができたっ。勝ったな!ガハハ。


「…は?何を言っておるんじゃ、お前は…」


「お願いします!俺の師匠になってくださいっ、どうしても強くなりたいんですっ!!」


地面におでこが当たっているが、気にせず深く頭を下げ続ける。

老人の表情は見えないが、困った様なため息が耳に届いた。


「…とりあえず、顔をあげなさい。子供がそんな真似をするんじゃない」


「はい」と返事を返し、素直に立ち上がる。

相向かいにいる白髪の老人は、狼?を放り投げて睨みを効かせてくる。


「まず、お前は名前は何じゃ?」


「山の麓にあるテスタ村のアブルと言います」


「ほう、あの小さい村の。ワシはロウという。ここで何をしている?」


「強くなるために、魔物がいると噂のこの山を散策していました」


「?この山に魔物はおらんぞ?」


「…へ?いや、でも警備の人間が見た事があると…」


「うーむ。ここに住み始めて何年も経つが、魔物と出会った事はないからのぉ。もしかしたら、ワシが魔物を運んでいる姿を見ていたのかもしれんな。ほれ、今日みたいに」


ロウは隣に投げ捨てた魔物を指差す。

あんの、くされ酔いどれ野郎がぁ!ただの見間違いじゃねぇかっ。ホントに狩人だったんか、お前はっ!…でも、よく考えるとその見間違いがなければ、俺はこの山に来なかっただろう。よくやった!ボンよ、主人公の俺が褒めて遣わす。


「じゃ、じゃあその魔物はどこで狩ったんですか?」


「コイツは、隣町に出かけた帰りの街道で、襲ってきたから討伐しただけじゃ。食料も少なくなってきたからちょうど良かったわい」


「な、なるほど…」


俺の勘は正しかった。ここから隣町までは、相当な距離がある。普通の人間じゃ数日はかかるし、野宿コースだ。だが、この老人は魔物以外の荷物は見当たらない。つまり、日帰りだ。そして、その帰り道の何処かで魔物を討伐し、この山まで持って帰ってきた。マジックバック持っている可能性を考えたが、それなら魔物もそこに入れるだろうはずだろう。やはり、この老人は只者ではない!


「それで、なぜ弟子を志願した?辺境だがここは平和だ。強くなる必要などあるまいて」


「冒険者になりたいんだ!」


本当は「俺が主人公だからだ!」と言いたい所だが、ヤバい奴と思われるに違いない。なので、事前に考えていた事を口に出した。

すると、目の前にいる老人の雰囲気が変わる。




◼️




ワシは、子供が苦手だ。

冒険者になりたいなどと抜かす子供が、苦手なのだ。その子供が今、目の前にいる。


ワシは昔、王都で冒険者として活躍していた。数十年前、平和な今と違い魔族が活発に活動をしており、冒険者は死と隣り合わせの生活だった。死に物狂いで駆け抜けていくと、気が付けば白金等級の冒険者になっていた。魔族の侵攻も少なくなり、英雄として讃えられる様になった。当時は、とても嬉しかった。憧れていた冒険者になり、成功する事が出来たのだから!歳を老いて冒険者を引退してからも、嬉しい事は続いていた。


国王の命により、次世代の冒険者の育成を頼まれたのだ。ワシは、とてもやる気だった。老いた歳でも、まだこの国に必要とされている事が何よりも誇らしかった。だが、ここから風向きが変わってしまった…。

平和な環境で生まれてきた子供達は、脆弱だった。必死に考案した訓練に着いて来れた者は少なく、大体は逃げ出す者が多かった。しかしワシは、来るもの拒まず去るもの追わずの精神で彼らを見捨ててしまった。


そしてある日、見捨ててしまった教え子から、初めての死者が出てしまった。罪悪感に苛まれ、ワシは王都から逃げ出した。あてもなく歩き続け、この場所に辿り着いたのだ。そして、この誰も来ない辺境の山で、独り静かに暮らす事を決めたのだった。


「小僧。ワシに一発でも入れられたら、弟子として認めてやろう。時間は、小僧の体力が限界になるまでじゃ。どうする?」


「!やりますっ、やらせてください!!」


目の前にいるアブルという5歳くらいの少年は、キラキラと目を輝かせ喜んでいる。

その姿を見て、心がチクリと痛む。

すまないな、アブルくん。君が弟子になる事は一生ない。これは、君を諦めさせるための罠だからな。大人げないが全部避けさせてもらうよ。恨んでくれて構わない、それでも、もうあんな思いは二度としたくはないから…。

バックステップでアブルと距離を取る。


「さぁ、いつでも来なさい」


「…参ります」


ワシの合図を聞くと、アブルは一呼吸置いてから雰囲気が変わる。

子供が出せる様な迫力ではないっ!何だ!この子供は⁉︎

グンッと土が抉れる程の脚力で、間合いを詰められる。

っ、!はっ、速いっ!!信じられんっ!!


「がはっ!!」


瞬間、やってしまったと気付く。

回避が間に合わないと判断すると、反射的に5割程度の力で蹴りを入れてしまった。

蹴りをモロにくらったアブルは、勢いよく横にすっ飛び、何回かバウンドをして、近くの木にぶつかる。

そのまま、彼は動かない。


「アブルっ!!」


無意識に叫んでいた。

ワシは、またとんでもない過ちを犯してしまったかもしれない。

急いでアブルに近寄ろうとすると、自分の目を疑った。


「イッテェ〜、反撃ありなのかよ…。あっ、ラッキー」


アブルは何事もなかった様に立ち上がった。

ありえない…。例え5割程度の攻撃でも、こんな小さな子供が耐えられるわけがない。歳を老いても元白金等級の冒険者だ。今までの教え子にだって3割程度で稽古を付けていた。化け物なのか、この子供は!!

驚いて固まっていると、アブルと目が合った。

彼は、ニヤリと笑い一瞬で懐に入られた。


「ぐふぉっ!」


鳩尾を殴られ、肺から空気が出る。

痛い。何だ、この打撃力…。身体能力に関しては、既に大人顔負けレベルじゃないかっ!

鳩尾を抑えていると、幼い声が聞こえて来る。


「これで一発ですよねっ。これからよろしくお願いします!師匠っ!!」


顔をあげると、そこにはとびっきりの笑顔を見せるアブルがいた。

夕日で赤く輝く彼の姿は、ただの子供に戻っていた。

末恐ろしい子供だ。これは運命なのかもしれない。神様がもう一度、チャンスを与えてくださったのだと。ワシの生涯最後の仕事は、この子供を世界最強の冒険者に育てる事だと決めた。





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