第2話
自分が主人公だとわかると、とてつもなくやる気が漲ってくる。
やはり、異世界といったっら魔法!いや、剣もありか?どちらも捨てがたい…。両方やるのは欲張りだろうか。
前世では、経験できないものに心を躍らせていると、ドアがひとりでに開く。
「おにいちゃん、すごいおとしたけどだいじょーぶ?」
「!…何だ、ルチナか。驚かすなよ」
…?いや、待って!ルチナって誰?何で今、勝手に言葉が出てきた⁉︎
ドアの近くで、心配そうに見つめる金髪の幼女が目に入る。
瞬間、記憶が溢れ出てくる。
「…そうだ、俺は、アブルだ…。辺境の小さい村、テスタ村出身で農家の息子…」
「?へんなおにいちゃん。おかーさんがごはんさめちゃうよーだって!はやくいこっ!」
とてとてと歩いて近づいてくる彼女の名前は、ルチナ。
俺の妹で、とても懐いてくれている可愛い妹だ。
太陽の光でキラキラと光る金髪のショートボブ、クセ毛なのか途中からウェーブがかかっており、動く度にふわふわとしている。
顔立ちもしっかり整っており、エメラルドの様な輝きを見せる瞳は、とても魅力的だ。
ってか、俺より完璧な顔面に思えるけど違うよね?俺が主人公だよね?…まぁ、主人公の妹だからそんなもんか!
ルチナの小さくて柔らかい手が俺の右手を握る。
えへへと笑い、そのままぐいぐいとリビングの方へ引っ張られる。
可愛い!可愛すぎる!!お兄ちゃん、妹のためなら何でも出来る気がする。主人公の妹だから、これからたくさん危険な目に遭わせてしまうかもしれない…。でも絶対にお兄ちゃんが助けてあげるからなっ!
2人でリビングに到着すると、大きなテーブルには父さんと母さんが座って待っていた。
「ルチナ、お兄ちゃんを連れてきてくれてありがとう!…アブル、もっと早く起きなさいっ、ご飯が冷めちゃうでしょ?」
「ご、ごめんなさい。父さん、母さん。あとルチナも」
本当はもっと早く起きていたが、両親に転生の話など出来る筈もなく、全員に謝り父さんの相向かいに席に座る。隣はルチナだ。
許しをもらえたところで、父さんや母さんがパンを千切って食べ出す。
おっと!そうだ。ここは日本じゃないんだ。いただきますの文化なんて存在しないよな。
「おにいちゃん?なんでてをあわせてるの?たべないの?」
「いや、今日も美味しそうだなって思ってたんだよ!ルチナもゆっくり噛んで食べるんだよ?喉に詰まったりしたら大変だからね」
「うん、わかった!」
合わせていた両手をこっそり離す。
社会人だった記憶とアブルくんの記憶が2つあるので、少し大変だ。こういう所から治していかないと…。
さて、気を取り直して今日のモーニングを見る。
黒いパン・蒸した芋・野菜のスープのみ。
早速、パンから食べ始める。
噛んだ瞬間、歯が折れてしまうのではと感じる噛みごたえで、中はボソボソだ。
スープと芋は、野菜に旨味をダイレクトに感じさせる味だ。
うん、うまいっ!…わけねぇだろっ!どれも味が薄すぎるっ!たぶん、前世と比べると文明レベルは低いのだろう。食に関しては慣れるまでに時間がかかりそうだ。ここが辺境だから、調味料などが少なくてこんな食事になっている事を願う。うぅ、もうラーメンが恋しい…
◼️
「父さん。剣を買ってほしい!」
朝食が終わり、父さんが営んでいる農家の手伝いをしていた。
にんじんやじゃがいもの様な食べ物に付着している土を綺麗に落としてカゴの中に入れる作業だ。
まだ5歳なので鍬などの農機具は、危ないからと言って持たせてもらえない。
「もちろん、危ないなら偽物でも木剣でもいい!俺、強くなりたいんだ!」
「なら、そこら辺にある木の棒でいいんじゃないか?父さんも小さい頃は、よく木の棒でをぶんぶん振り回して遊んでいたもんだ!懐かしいなぁ」
はっはっはと豪快に笑い飛ばす父親。
くそっ!だめだ。真面目に聞いてくれないっ!…何となくわかってた。平和なんだ、この村は。金目の物が全くないこの村に盗賊はやって来ない。ごく稀に商人がやって来るだけで、村以外の人間との交流はない。近くにある山に魔物がいるらしいが、アブルくんの記憶では一度も見た事がない。村人全員、のんびりと暮らしている。
「父さん!俺は真面目に言っているんだ!この村に元冒険者の人とかいないの⁉︎」
「ははっ、いないいない。似た様な人なら1人知っているけどな」
「えっ?誰っ⁉︎」
「この村の警備をやってるボンだよ。今じゃ、あんなんだが昔はそれなりの狩人だったんだぞ」
「…いや、大丈夫。やめとくよ…」
俺が遠慮すると、父さんは畑仕事に戻っていった。
昔は凄かったのかも知れないが、今はただの呑んだくれのおっさんじゃないか、そんな奴に何が教えられるんだ!
心の中で父親を憤慨する。
駄目だ、ここの人間はあてにならない。自分で何とかするしかない!
決意を固めた俺の視線の先には、少し小さめな山があった。
◼️
「…嘘だろ?何処にもいねぇじゃねぇかっ!!」
草木が生い茂る山の中、独り叫んでいた。
突然の叫び声が聞こえた鳥達は、驚く様に周辺の木々から飛び去る。
複数の羽ばたく音が遠くなると、辺り一面は静寂に包まれる。
「魔物いないじゃんっ、どうやって強くなればいいんだっ⁉︎」
両手で頭を掻きむしる。
畑の手伝いが終わり、昼食を食べてから妹と遊ぶ。
妹が遊び疲れて寝静まったら、こっそりと家を出て、魔物が出るという山に来ていた。
緊張や不安、そして期待感という様々な思いを抱き、勇気を出して一歩を踏み出した。
しかし、探しても探してもいるのは、虫や鳥のみ。
それなりの時間が経ち、木の隙間から見える空模様が紅くなっている。
「…あぁ、もう夕暮れが近づいている。最悪だ…。結局、何も出来なかった」
おいおい、こんな何もない環境でどうすればいいんだ⁉︎主人公が辺境の平民出身はありがちだけど、父親とか元冒険者の人とかに修行をつけてもらうシーンとかあるじゃん!!独学で頑張るのはちょっと無理があるよ⁉︎
不平不満が心の内から、湯水の如く湧き出てくる。
自分の境遇に気を取られていると、ふと森の奥から光が溢れ出ている事に気付く。
走って辿り着いた先には、絶景が広がっていた。
「スッゲ…!」
現代日本では見る事が出来ない、果てしなく広がる大地。
山の麓近くには、テスタ村があるのもわかる。
夕日に照らされ紅く燃える様な光景は、ファンタジーゲームに出てくる世界、そのものだった。
「遮蔽物が全くない…、道路もないし、車もない!当たり前だが、ホントに異世界に来たんだ!」
たぶん頂上であろうこの場所には、草木が生えておらず土が綺麗に整備されてあった。
テンションが上がり、1人で騒ぎ出す。
すると、視界の端にとある物を捉えた。
「…小屋だ。何でこんな所に…」
「…小僧。ワシの家に何の用だ?」
年老いた男性の声が聞こえ、驚く様に振り返る。
背後には、背中の曲がった老人が立っていた。
ボサボサの白髪と手入れをしていない顎髭、腰が曲がっているせいで上背もそこまで高く見えない。
正直、小汚い格好だが、それでもその老人から目が離せなかった。
なぜなら、彼の小さな背中には、とても大きな狼の様な生き物が担がれてあった。
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