第45話 二番手コンプレックス

 昔から、何をやっても一番にはなれなかった。


 家では妹が第一。オレはお兄ちゃんだから、ワガママを言ってはいけない。

 学力テストではどんなに頑張っても、いつも二位。秀才は天才には敵わない。

 水泳は早々に一位を取ることを諦めた。背も低くて手足の小さなオレでは、周りの成長からどんどん差をつけられていく一方で……ただ泳ぐのが楽しいから順位は気にしない、なんて自分に嘘を吐いた。

 恋愛面でも、いいなと思った子には大概他に好きな人が居て、図らずも恋のキューピッドに回ったりなんかして、いつも「いい人ね」と言われて終わっていた。


 高校生になって、まさかのお姫様に選ばれたけれど……姫としても、オレは二番手だ。棗先輩のカリスマには敵わない。


 この先もきっとオレは、そんな風に一生を過ごすのだろう。

 何をやっても決して一位は取れないし、誰かの一番にもなれない。

 いいさ、それはそれでそう悪くもない。分相応というものだ。

 ――そうやって誤魔化しても、心の奥底には常に冷ややかな諦観があった。


 だから、きっと嬉しかったんだ。


「貴方は私にとって、奈落に射す一筋の光なのです。貴方の存在が、私の生きる理由。貴方の幸せが、私の幸せ」


 そう言ってくれた、御影さんの言葉が。

 こんなオレでも、一番に想ってくれる人が居たんだって――初めて、知った。



   ◆◇◆



「ハルくん、お疲れ~! 迎えに来たよ」

「棗先輩」


 帰りのSHRが終わったタイミングで、棗先輩がオレのクラスに顔を出した。どうやら、待っていてくれたらしい。ユーリ姫様のご登場にクラスメイト達がそわそわと浮足立つ。


「ユーリ姫だ」

「ハル姫だけじゃなくユーリ姫まで毎日お目に掛かれるなんて、俺マジこのクラスで良かった……」

「でもユーリ姫、前みたいに休み時間の度に来ることはなくなったよな。もっと来てくれてもいいのに」


 周囲で囁き交わされる会話を拾って、棗先輩が割り込んだ。


「何言ってんの? 毎回だとハルくんの負担になっちゃうでしょ。ハルくんに迷惑を掛けるようなことはやめにしたの!」

「ゆ、ユーリ姫!」

「それって、愛じゃん!」

「尊……姫百合カップル尊過ぎる」

「ありがとうございます……っ!」

「うわっ! 田中が天に召されたぞ!」


 ワイワイと盛り上がる彼らを尻目に、教室を出た。上機嫌な棗先輩による腕組み姿勢は相変わらずだ。

 告白の正式な返事は納涼祭でということになったが、周囲への無用な混乱を避ける為、とりあえず偽恋人契約はそのままになっている。

 それでも、最初の頃のような破天荒なアピールはもう無い。宣言通り、棗先輩は彼なりにきちんとオレを気遣ってくれるようになっていた。それが嬉しくもあれど、何だかこそばゆくて落ち着かなかったり……。


「今日は納涼祭での衣装決めだっけ。楽しみだなぁ、ハルくんの浴衣姿♪」

「うっ……あんまり期待しないで下さい。棗先輩の方が絶対似合うんだから」

「いや、期待せずにはいられないでしょ。好きな人の浴衣姿だもん。大丈夫だよ、どんな出来栄えになったとしても、ハルくんってだけでボクには格別なんだから」


 熱を孕んだ眼差しで見つめられ、心臓が跳ね上がる。


「……っまた、そんな……」


 直視出来なくて、顔を背けた。好きバレしてからの棗先輩は、前よりも素直で甘くて、困る。

 思わず、後ろを歩く御影さんを横目で確認してしまう。そのくせ、目が合うと慌てて逸らした。御影さんの反応が気になるのに、知りたくない。この所オレは、そんな相反した気持ちに見舞われていた。


 ちゃんと棗先輩のことを考えるって決めたのに、また余所見をしてしまった自分が嫌になる。

 何でこんなに御影さんを気にしているのか自分でもさっぱり分からないけれど、ともかく先輩との偽恋人関係がこのまま本物になるか否かは、二か月後のオレの返答に掛かっている。

 それに、納涼祭では他にも成し遂げたい目標がある訳で……改めて、気をしっかり引き締めなくては。


 己が頬を軽く両手で叩いて気合を入れ直すと、オレは目的地である衣装室の扉をノックした。

 まずは、その目標に向けて出来ることから行動を開始する。


 「納涼祭に、ミドリちゃんが姫としてゲスト参加? あら、素敵ね。そうしましょう!」


 あまりにもあっさりと蝶野先輩が提案を受け入れたものだから、オレは面食らった。


「いいんですか!?」

「いいんじゃない? 元々今年は姫が一人少ないんだし。体育祭でもお客さんとして来てたミドリちゃんに、一緒に女装ダンスして欲しかったって在学生の声もあったみたいだし」


 やった! これで、〝ミドリさんの同級生を骨抜き見返し大作戦〟が無事決行出来るぞ!


「ハルくん、何かまた余計なお節介焼こうとしてるでしょ。……まぁ、ハルくんらしくていいけど」


 ぎくり。棗先輩は鋭い。

 蝶野先輩が己の顎を擦りながら唸った。


「ただ、そうなるとミドリちゃんの分の衣装も考えなくちゃね。ユリハルコンビはこれからも天使と悪魔モチーフでいこうって決めてたから、今回の浴衣デザインにも取り入れてるんだけど、そこにもう一人増やすとなると……やっぱり妖精かしら? でも、ティンカーベルみたいなトンボの羽よりも、蝶々の方が美しいわよね。ミドリちゃんは和風美人だし、蝶々の羽根とか絶対に映えるわ! 色はやっぱり緑で……いや、黒アゲハも良くない?」

「すみません、急にお願いしちゃって……大丈夫そうですか?」


 訊ねるも、蝶野先輩はぶつぶつと独り言を繰り出し続けていて返事がない。代わりに、被服部姫担当補佐の朝倉が応えた。


「大丈夫だと思います。蝶野先輩、こうなるとインスピレーションが無限に湧いて暫く自分の世界ゾーンに入ってしまわれるので……きっと、いいものが出来ますよ。僕も、頑張ってお手伝いしますね!」

「そっか……うん、ありがとう」


 微笑む朝倉に笑み返して、オレはまた何とも複雑な心境になる。

 どうにも御影さんと絡むとモヤモヤしてしまうけど……良い子なんだよなぁ、朝倉。

 此度の話し合いはそこで終了し、改めて後日にミドリさんも交えて衣装案を固めることとなった。

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